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アガサ・クリスティ原作、シドニー・ルメット監督『オリエント急行殺人事件』

 ”ミステリーの女王”として、現在でも世界的人気を誇るアガサ・クリスティが生み出した名探偵と言えばエルキュール・ポワロだ。1978年『ナイル殺人事件』、1982年『地中海殺人事件』、1988年『死海殺人事件』の映画3本、1985年~1986年に制作されたワーナー&CBS制作のテレビムービー『エッジウェア卿殺人事件』『死者のあやまち』『三幕の殺人』の3本ではイギリスの名優ピーター・ユスティノフ、1989年~2013年までのテレビドラマ版『名探偵ポワロ』ではデヴィッド・スーシェ、2017年の『オリエント急行殺人事件』を皮切りに、2020年(公開は2022年)『ナイル殺人事件』、2023年『名探偵ポアロ(ポワロではなく):ベネチアの亡霊』ではケネス・ブラナー(監督も兼任)が演じて人気を博している。日本では三谷幸喜が脚本を担当し、舞台を日本に置き換え、野村萬斎がポワロにあたる勝呂武尊を演じた2015年『オリエント急行殺人事件』、2018年『黒井戸殺し』、2021年『死との約束』の3本がドラマ化されるなど、映像化作品も数多い。そんなポワロ人気のきっかけとなったのが、1974年にシドニー・ルメット監督が映画化した『オリエント急行殺人事件』だ。この映画でポワロを演じたのがアルバート・フィニー。そのほか、ショーン・コネリー、イングリッド・バーグマンなど、豪華なオールスターキャスト共演も話題になり、その年のオスカーでは主演男優賞、助演女優賞、脚色賞、撮影賞、作曲賞、衣装デザイン賞の6部門でノミネートされ、バーグマンが助演女優賞を獲得した。
 筆者がこの作品を初めて観たのはテレビ朝日の『日曜洋画劇場』でのテレビ初放送(秋田県ではネットされておらず、少し遅れて土曜か日曜の昼に放送された記憶がある)だった。日本語吹き替え版キャスト(追加収録キャストは()で)はフィニー=田中明夫さん(塾一久さん)、リチャード・ウィドマーク=大塚周夫さん、コネリー=近藤洋介さん、バーグマン=水城蘭子さん(園田恵子さん)、マーティン・バルサム=富田耕生さん、ローレン・バコール=楠侑子さん(谷育子さん)ほか、声優陣も豪華メンバーだった。その後、劇場のスクリーンで観られたのは2016年の『新・午前十時の映画祭』で、初めて大きなスクリーンで観た感動は今でも忘れられない。
 主な舞台となるのはイスタンブールから発車するオリエント急行の列車内。その車内でウィドマーク演じる裕福なアメリカ人のロバーツが死体で発見される。新しい事件のためロンドンに向かっていたフィニー演じるポワロが乗り合わせ、バルサム演じる友人で国際寝台車会社の重役ビアンキからの依頼で、事件の捜査に乗り出すのがあらすじだ。冒頭で裕福なイギリス人夫婦の娘が誘拐され、死体で発見されるというニュース風の映像が流れ、そのことが今回の事件に関係してくる。オリエント急行に乗車してくるのがコネリー演じるイギリス軍のアーバスノット大佐やバーグマン演じる中年のスウェーデン人宣教師オルソン、バコール演じる中年のアメリカ人女性ハッバード夫人ほか、豪華なキャスト陣で、それぞれに見せ場を用意し、フィニー演じるポワロと絡ませながら事件の真相に近づいていく。フィニーは当時30代だったが、特殊メークと演技で50代のポワロを見事に演じてみせる。おそらく、自分より年上のキャストもいただろうが、彼らを相手に堂々と渡り合ってみせるなど、役者としての力量を十二分に発揮する。これだけの豪華キャストをまとめ上げたルメット監督の力量、ジェフリー・アンスワースの撮影、どこか豪華で優雅なリチャード・ロドニー・ベネットの音楽と、すべてが上手くかみ合い、ミステリードラマとしての味わい深さも感じさせる。
 前出のユスティノフ、スーシェなど、ポワロを演じた俳優は数多いが、個人的にはやはりフィニーに軍配を上げたい。初めて見たポワロが彼だったし、田中明夫さんの日本語吹き替え版もピタリとハマっていた。一見、本人とはわからないほどの特殊メークと演技力で主役を堂々と演じたフィニーは名優だなぁ、とDVDで観直してみて改めて思った。

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