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無法松の一生(三船敏郎版)

 第二次世界大戦中の1943年に稲垣浩監督、阪東妻三郎主演で映画化された大映映画『無法松の一生』は、戦時中に当時の内務省の、戦後はGHQの検閲に遭い、大幅なカットを余儀なくされ、不完全な形で残されることになった。だが、カット部分はあるにしても、阪妻演じる車夫の松五郎と園井恵子演じる吉岡夫人・よし子の情感は十分に伝わるし、宮川一夫の見事な撮影、稲垣監督の演出が冴える傑作という名に相応しい作品となった。
 その後、稲垣監督は1958年に東宝で同じ伊丹万作の脚本(今回は稲垣の共同脚本名義)で『無法松の一生』をリメークする。阪妻版で大幅にカットされた部分を再現し、まさに完全な形で映画化。第19回ヴェネチア映画祭では金獅子賞を獲得し、見事なまでのリベンジを果たす。東宝版の後は三國連太郎主演、村山新治監督の東映版、勝新太郎主演、三隅研次監督の大映版と、『無法松~』は映画化されることになる。
 三船主演の東宝版は、阪妻版ではモノクロ、スタンダートだったものがカラー、シネマスコープ(東宝スコープ)になり、撮影は山田一夫が担当した。三船演じる“無法松”と呼ばれる車夫の松五郎が、木から落ちてケガをした松岡演じる少年・敏雄と出会い、敏雄を送り届けたことをきっかけに芥川比呂志演じる吉岡大尉に気に入られ、高峰演じる妻の良子と親しくなる。だが、風邪をこじらせた吉岡大尉が亡くなり、松五郎は良子と敏雄の面倒を見るようになるというのが物語の流れだ。
 今回の映画化でカラー、スコープになったことで画面に奥行きが広がり、モノクロ、スタンダートだった前作とは同じ物語でも印象が違って見える。三船の松五郎も阪妻の松五郎とは違い、黒澤明監督の『七人の侍』の菊千代に似た感じの豪快さに繊細さが加わったような感じで、終盤では同じ黒澤の『生きものの記録』でも見せた老け役を見事に演じ切り、三船の役者としての力量を改めて見せつけられる。良子役の高峰は阪妻版の園井と同様に美しさの中に儚さを感じさせる女性を体現し、三船との息の合った演技は見応えがある。さらに、今回は東宝作品ということで、飯田蝶子、有島一郎などの東宝作品ではおなじみの俳優たち、黒澤作品の稲葉義男、宮口精二、左卜全、終盤では土屋嘉男ほか、笠智衆など、今はなき名優たちが数多く登場し、それぞれが場面をさらう演技で楽しませる。そして、阪妻版ではカットされた場面が再現されたことで、松五郎の心情がさらに深みを増した形で描かれ、前作でも登場した人力車の車輪を使った時間経過、シネマスコープを十分に生かした画作り、団伊玖磨が担当した音楽と、前作にも劣らない傑作になっている。松五郎が祇園太鼓をたたく場面の躍動感たるや、巧みな編集も相まって、この映画屈指の名シーンと言っても過言ではないほどの素晴らしさだ。
 筆者は実はこの三船版を今までに観たことがなかった。阪妻版があまりに素晴らしかった上に、これまでに観る機会を逸してきた。で、午前十時の映画祭12で<4Kデジタルリマスター版>で上映されるということで、1週間上映だった阪妻版と併せて観る機会を得た。正直、三船版をスクリーンで観られて本当に良かったと思う。観終わった後、しばらく感動が覚めなかった。阪妻版と同様に本当に素晴らしい作品だった。こんな偶然のような出会いがあるからこそ、映画を観るのはやめられない。

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