2019年コト始め(〜「平成」を30年生きてきた振り返り)

新年が明け、あっという間に1週間が過ぎ去りました。今日から本格的に仕事始め。

12/29〜1/6の9日間は、息子・娘の保育園休みに合わせてオフにしていました。奥さんが職場のシフト都合で12/29〜31、1/2〜4が通常勤務だったこともあり、僕自身ほぼPCにすら触れていません。
やったことは早朝とかお昼寝中に、“積ん読”の本をいくつか片付けたり、ブラウザにウィンドウ開けまくったままにしてた記事を片っ端から読んだこと。あとは奥さんとやってるブログ『ふーふで。』を、何とか大晦日に更新したくらいでした。

2歳なりたてのおチビ2人にもToDo(買わなきゃいけないものとか保育園の新学期の準備とか)が溜まっており、それらを片付けながら、一緒に遊んで、朝昼晩一緒に食べて、風呂入って寝ていたら、ほんと一瞬で休みが終了。

もともと僕がフリーランス、奥さんがシフト制で働くメリットに「人と違う時に休める」(混んでない時に出かけられる)ことを想定していて、「別に年末年始休めなくてもいいやん…」と思ってました。
が、いざチャットの通知が飛んでこない&新着情報に追われない時間を過ごすと、気になってたネタをゆっくり整理できるし、自分の内省に向けられる時間も取れる。アタマの中がすっきりしていく感じがあって、「皆で休む(皆が休んでくれる)時間も必要だな〜」というのがこの9日間の大きな発見でした。

(あと実際には子どもは土日休みのスケジュールで動くので、平日そんなに休めないという誤算…)


2019年がんばりたいこと

今年の目標は、シンプルにしました。前半は、2018年うまくいかなかった活動もろもろを踏まえて、編集・ライティングのスキルと筋力を改めて高めていくこと。(できればビジネス系だけじゃなく福祉系のメディアでもっと仕事していく。スピードアップめっちゃ重要…)
後半には、法人の広報支援を単発案件じゃなく、事業として始めること。

あとは言っても30代半ばですし、40代以降もフリーランスを続けるつもりは今のところないので、いずれ組織化・仕組み化することを見越した動きも加えていきたいなと思います。

いま仕事では4つほどのチームに所属してるので、それぞれでちゃんと結果を出しつつ、新規の案件にも手を出せるキャパは常に確保しておきたいなと思ってます。

#平成最後の

この年末年始は、やっぱり元号の変わり目ということもあって、「1年」というよりも「時代」を振り返る特集が、メディアの大小を問わず多く見られました。
もう「平成最後の**」なんて聞き飽きたって人もいるでしょうが、日本として時代を一つ区切れる、自ら選んで新しい時代を作れることについて、ポジティブな気持ちを持ってる人は多かった気がしています。

僕は1983年(昭和58年)の生まれなので、記憶がある時代はほぼ平成のみ。そうそう無い機会なので、自分の年齢と合わせてざくっと「時代」を独断で振り返ってみました。

<自分的平成の30年>

** 1989年(平成元年:6歳)消費税開始/ベルリンの壁崩壊
**− (このへんから何となく記憶あり)

1991年(平成3年:8歳)バブル崩壊/冷戦終結
1993年(平成5年:10歳)Jリーグ開幕
1995年(平成7年:12歳)阪神淡路大震災/Windows95発売
1997年(平成9年:14歳)神戸連続児童殺傷事件/大手金融機関の破綻
− 携帯電話の普及(僕は中3〜。当時、周りはPHSも多かった)
2001年(平成13年:18歳)9.11アメリカ同時多発テロ/ipod発売
−「失われた10年」といわれる頃
2004年(平成16年:21歳)mixi運営開始
2008年(平成20年:25歳)Twitter日本版開始/リーマンショック
2011年(平成23年:28歳)東日本大震災/アラブの春
−「失われた20年」といわれる頃
− スマホの普及(iPod Touch→iPhoneに僕が切り替えたのは2013年)
2014年(平成26年:31歳)ISIL(IS)勢力拡大
2016年(平成28年:33歳)ブレグジット/『君の名は』
2018年(平成30年:35歳)平成最後の**

う〜ん、こうして見るとやっぱり、少なくとも記憶を辿る限りでは、明るい話題よりも暗い話題の方が多かった。(個人として楽しかったとか辛かったとは別で。)

平成の30年間というのは、乱暴に言えば日本が停滞した時代です。「いつかきっと良くなる」「誰かが良くしてくれる」という曖昧な期待をどこかの誰かにしながら、結果として多くの人が(もちろん自分も含めて)裏切られ続けた…。

ただ冷静に考えると、生活はすごく便利になったし、20年前よりずっと「こうあるべき」な固定概念は減ったと思うし、人の可能性も広がってます。僕が10年手前を生きていて、今の生活が成り立っているかというと完全にノーなわけで、「良い社会になったなあ」(ありがとう)とも素直に思います。
が、「いい加減、人口が7000万から1億2000万人に増えた時代の考え方はやめようぜ」(もう二度とそんなボーナスステージ来ないんだから)ってのも、明らかに課題としては残り続けているわけです。

「お父ちゃんらのせいでこんな時代に」とは言われたくない

僕の生まれた1983年は出生数が150万人ですが、1989年(平成元年)は124万人。30歳前後の世代がいま年々減っているので、2018年(平成最後の年)の推計出生数92万人という数字が、今後も急激に回復することはありません。というか親自体の減少はまだまだ進むので、普通に減り続けます。
自分の息子や娘は、今の社会の仕組みだと生活していけなくなる。

もともとテックに強くなかった僕が、5年前くらいに心機一転、アンテナ張ってそこに必死に食らいつくようにしたのは、次の世代が生きやすい時代に変えていくために、新しい技術や仕組みが必要不可欠だからだと判断したからです。
そして、それが自分たちの世代の仕事だと思ってるからに過ぎません。(単純に、子どもに良い格好したいからってのは動機として大きい。)

何度かnoteやブログでも書いてますが、「お父ちゃん達がちゃんとしなかったからこんな時代になったやん」って10年・20年後に僕は子どもに絶対言われたくないので、出来ることはやりたいし、結果を含めた足跡は残したい。
保育・福祉領域もなかなか時間は掛かりそうですが、自分の手を動かして、まずはコツコツ発信やワークフロー改善(できることはいっぱいある)のお手伝いをしていきたいなと思ってます。

あ、でも。

悲壮感漂わせてそういうことを頑張っても良いことはなさそうなので、楽しく生きたいし、そういう姿を周りに見せたい。それも今年の課題ですね。
スポーツ(観戦含め)、キャンプ、読書あたりで子ども巻き込んだコミュニティもつくっていきたいなあ〜とは漠然と思案中。

気になるネタのシェアはもちろん、思いつきもちょこちょこnoteやTwitterで発信していくので、今年もよろしくお願いします。

(Twitter @masashis06



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