宮本武蔵「五輪書」で楽しむ大学日本拳法 V.2.3


第1話 「五輪書」で楽しむ大学日本拳法 ①

  コギト・エルゴ・スムだのspiritualやdivinityなんてことばかり言っていると、「どこかの新興宗教(創価学会・統一教会)か?」なんてことになりそうなので(尤も、日本人からコギト・エルゴ・スムだのspiritualやdivinityを捨てさせるのが、彼らのビジネスのようですが)、もっと在来種純粋日本人らしく、かの宮本武蔵によって400年前に書かれた「五輪書」を鏡として、大学日本拳法の面白みを味わってみましょう。
  例によってこちらから。
 ① YouTube「2017全日本学生拳法個人選手権大会 女子の部準決勝戦 
     岡崎VS谷」
     https://www.youtube.com/watch?v=O7kumnslLns

  この試合も第7話「五輪書」で楽しむ大学日本拳法 ②も、共に「龍虎の戦い」です。
  虎という直線的な攻撃アルゴリズムと、龍という円(運動)アルゴリズムとの戦いということで、観客として試合を鑑賞するには非常に面白い組み合わせです。
  直線的にガンガン前へ出てくる岡崎さんの攻撃を、谷さんは円運動に変えてその激しい前進力を、巧く自分の利に転換してしまいます。

  まるで、太平洋戦争時の南太平洋で、強力な馬力と速度で勝り直線的な戦いが得意な米軍のグラマンやP51ムスタングといった戦闘機に対し、巴(ともえ)戦法(円運動での戦い)にもちこむことによって勝利したゼロ戦の勇姿を見るかのようです。
  実際、猛牛のような岡崎さんの直線的な突撃力は、谷さんの巧みな巴戦によって円運動に変換させられて、あろうことか、2回までも岡崎さんは転がされてしまいます。

  しかし試合開始40秒、2回目の「止め」となったあと、この試合の胆ともいうべき「面突きの打ち合い(相打ち)」で、谷さんはいつもの「場と間合いとタイミング」を自分のものとすることができずに、打ち負けてしまいます。

 : 岡崎さんの突進を受けることで、谷さんは前へ出て打つという、いつもの彼女らしい面突きではなく、自分の立ち位置である白線の辺りで(受け身の)面突きを打つことを余儀なくされた。
間合い : 自分で前へ出て間合いを詰めて打つのではなく、岡崎さんに押されるという、受け身の間合い調整になってしまった。 
タイミング : 自分のタイミングではなく、岡崎さんの打つタイミングに合わせて打つという拍子のズレが、正確に相手の面を捉える期を逃してしまった。

<零戦の巴(ともえ)戦法>

  巴柄(右二つ巴の文様)のような、円運動による戦い方。ゼロ戦は急回転運動能力が優れていたために、日本海軍のパイロットたちはこれを利用し、速度や馬力で圧倒的に勝る米国の戦闘機に対し大きな成果を収めた。
  そのためアメリカ軍は、ゼロ戦一機に対して3機の戦闘機がチームで戦う「ブッチ戦法」を編みだし、「ゼロの脅威」に対抗したという。
→ 「ゼロ戦の真実」坂井三郎

<鞆絵・巴(ともえ)>
 ① 鞆(とも)の側面を図案化した文様。鞆の尾を長く引いたのを尾長鞆絵という。鞆を一つないし三つ円形に配したものを、その数によって一つ巴・二つ巴・三つ巴などという。太鼓・瓦の面などに描く。紋所としては、巻き方の向きにより左右の別があり、どちらの向きを左、右と見るかにゆれがある。
[巴]
 ② 物が円形を描くように一方にめぐり巻くさま。
広辞苑 第七版 (C)2018 株式会社岩波書店


第2話 宮本武蔵の戦い <岡崎さん>

  岡崎さんの押し・揺さぶりによって、切れのある谷さんの運動が100%発揮できなかった。ここまでedge to edgeの戦いでは、ほんのわずかな心の動揺、1ミリの間合い、コンマ01秒のタイミングのずれが命取りとなる、ということでしょうか。

  宮本武蔵という男は、剣の技術や力技ではなく、むしろ、こういった心の揺らぎ・意志と肉体の齟齬(食いちがい・行き違い)という、精神面におけるギリギリのところで戦い(勝ち)抜いたのです。
  その晩年、武蔵が逗留した熊本で、柳生新陰流の免許皆伝者と木刀で3回立ち会い、新陰流の「しの字」も書けないほどに相手を押しまくって全勝した、という戦い方。そんな武蔵の剣法を目の当たりに見せてくれたのが、岡崎さんの拳法といえるでしょう。

  今回、岡崎さんの戦い方とは「五輪書」における以下のような条項に該当します。

岡崎さんの
○ 「五輪書」「水の巻 24 しうこうの身」と「25 漆膠の身」「17無念無相の打ち」、
そして
○ 「五輪書」「火の巻 4 枕をおさえる、7けんを踏む」によって、
  谷さんは、彼女本来の動きを封じられてしまいました。因みに、この2つは押さえる対象が異なります。

第3話 宮本武蔵の戦い <谷さん>

  一方、相手の力を巧く転換して自分の攻撃にするという、谷さんのアルゴリズムは、
  ○ 「五輪書」「火の巻 16 まぶるる、17 かどにさわる」に見ることができます。

  岡崎さんの直線的攻撃の「かど(角)」をさわり(融和させ)、「まぶるる」という円運動にする。
  お二人とも月と太陽の関係のように、どちらも正しい拳法をされていた。
  ですから、その結果に対し、「勝っておごらず、負けて乱れず」きちっと礼をして別れたのです。
 「菜の花や、月は東に日は西に」(蕪村)

 「2017全日本学生拳法個人選手権大会」では、岡崎さんに押し込まれて100%発揮できなかった谷さんですが、同年の「全日本学生拳法選手権大会(女子団体)3位決定戦 同志社大学VS青山学院大学」
https://www.youtube.com/watch?v=ydCmBXJJluM

  では、得意の「テクニカル組み打ち」で一本取り、青学の渡邊さんが場外注意を受けて、ホンの一瞬心がめげているところを、すかさずに彼女の伝家の宝刀ともいうべき見事な面突きで仕留めました。
  自分から渡邊さんの「影を押さえ」たのではなく、結果としてそうなった。
  その「8 崩れを知る」や、即座に面突きで仕留めたのです。

  谷さんという方は、自分で意図的にプレッシャーをかけて相手を心理的・精神的・心的に押し込む、ということはやらない人です。この時も、たまたまそういう状況になった、ということですが、その一瞬を逃さないところは、さすが場数を踏んでいる、と言えるでしょう。

  余談ですが、青学の渡邊さんという方は、青学らしいというか極めて知的な拳法をされる人です。谷さんの戦い方の特徴をよく研究というか、きっちりと記憶し、現実の戦いで彼女の攻撃を巧く対応しているところは、さすが関東の大学でありながら、全国区3位決定戦にまで勝ち上がってくるだけあります。ただ、やはり年季の重みに潰されてしまいましたが。

第4話 谷さんの秘密 ?

  あれだけ腰の細い彼女が、なぜ組み打ちが強い(なかなか転ばされず、逆に相手を転がしてしまう)のかといえば、それは彼女の両足が、突きや蹴りの時と同じく組んだ時でも、決して一直線に揃わないからなのです。

(一方で岡崎さんの場合、相撲でいう「がぶり寄り」スタイルで押していくので、どうしても両足が一直線に揃ってしまい、そこを谷さんの巧みな内掛けですくわれて、2回も転倒させられてしまった。)

  その谷さんも、2015年のある試合では、岡崎さんと同じように両足が揃っていたので、対戦相手の増田さんに簡単に転がされてしまいました。

○ 2015日本拳法総合選手権大会 女子個人3位決定戦 谷 VS 奈良県 増田 https://www.youtube.com/watch?v=Td0jheKmMtM

  谷さんは、それを教訓とされたのか、この2017年では、体軀に勝る岡崎さんを逆に投げ飛ばしているのです。
○ 2017全日本学生拳法個人選手権大会 女子の部準決勝戦 岡崎VS谷

  そして2018年、この時の谷さん(の蹴りと突き、身のこなし)は、同時期に一世を風靡した、大阪市立登美丘高等学校ダンス部「バブリーダンス」なみの「キレッキレッ」でした。
  この切れの良さで、完全に体軀・体力負けしている対戦相手の坂本さんを投げ飛ばしたくらいです(投げた後で、力負けして返されてしまいましたが)。
  2本目も、やはり腰を入れられしまったため、力技で投げられてしまいました。

  この時の谷さんの(汚れて見える)胴着には、夏休み期間中の彼女の艱難辛苦の労(汗)がにじみ出ているようで、黒澤明の映画「姿三四郎」「続姿三四郎」を彷彿とさせられました。
 ○ 2018 Kempo 第31回全日本拳法女子個人決勝戦 坂本佳乃子(立命館大学)vs谷南奈実(同志社大学) https://www.youtube.com/watch?v=DI-HxBtlxxg

  関東で大学から日本拳法を始められた方、とくに女性は、組み打ちを練習する時間がほとんどないせいか、組み打ちを嫌う・弱い傾向がありますが、以下の谷さんのスタイルを参考にされると、もっと日本拳法が面白くなるかもしれません。

① 脚の位置を中段の構えに維持する(水の巻 「6.足づかいは常に歩むが如し」)。

② 円運動によって、ゼロ戦のような巴戦にもちこむ。 

③ 彼女の右脚に着目すべき。
  まあ、これは相当な年季と根気の賜物というべきなのかもしれませんが、彼女の右脚による(利き足である)左脚のサポートは見事です。

④ 身体が柔らかい
 → 2018 Kempo 第31回全日本拳法女子個人決勝戦で坂本さんとの戦い、序盤で組みになった時、谷さんはかなり無理な姿勢から、体軀に勝る坂本さんを「ひねり倒し」ます。
  これは、彼女の鍛えられた筋力と柔術なみの練習を積まれた場数、そして、体の柔らかさに由るものでしょう。日本拳法は柔道ではなく柔術の方が向いている日本拳法は柔道ではなく柔術の方が向いている(相性が良い)のかもしれません(警察主導の柔道と違い、柔術には民間人の自由な発想があるから)。

⑤ 準備運動
  かなり念入りにやられているようです。
  一般に、試合(大会)になると、スタミナのことを考慮して、普段の練習ほど準備運動をしない人が最近は多いのではないか。だから、ケガする人が多くなる?
  谷さんは生来か普段の練習によるものか、体が柔らかい上に、更に入念な準備運動を行い体を温めている(のだろう)。だから、かなり無理のある体勢で力を入れて踏ん張っても、怪我をしないのではないのだろうか。

第5話 「五輪書 水の巻」

  宮本武蔵とは、決まった定石などないケンカ剣法思想(スタイル)ですから、毎回同じ戦い方をしたというわけではない。相手という人間や戦う場所・様々な環境的要因、そして定石(科学)という「場と間合いとタイミング」によるオーダーメード格闘技(心理・物理・真理)なのです。

  武蔵が死の直前に書き残した「五輪書」とは、彼の人生60年、60数度の戦いから抽出した定理・法則の一部です。

1 水之巻序  

2 兵法心持ちの事  

3 兵法の身なり 

4 兵法の目付け 

5 太刀の持ちよう 

6 足づかい 
谷さんの足づかい。

7 五方(ごほう)の搆(かまえ) 

8 太刀の道  

9 表(おもて)第一 中段の搆え 

10 表第二 上段の搆え 

11 表第三 下段の搆え 

12 表第四 左脇の搆え 

13 表第五 右脇の搆え 

14 有構無構のおしえ

15 一つ拍子の打ち 

16 二つのこしの拍子 

17 無念無相の打ち
  まともに打ち合えば50/50の確率。
  しかし、真剣で殺し合いをする武蔵がそんな危ういことをするはずがない。
  ここに「火の巻」の意味がある。
  岡崎さんは、「火の巻 4枕をおさえる」攻撃によって、谷さんの行動を押さえ込み、3回目の試合開始直後、この無念無想の打ちに持ち込み、打ち合いに勝ちました。
  本来、無念無想の打ちというのは丁半博奕であり、やってはならないこと。岡崎さんのように、事前に相手にプレッシャーをかけて押し込んでおいてから行なうべき攻撃なのです。
  ここに、武蔵が「水の巻」と「火の巻」とに書き分けた理由がある。

  「水の巻」で語られた目に見える戦い方とは、「火の巻」に提示された心理的な戦い方とセットにして運用すべし、ということなのです。

18 流水の打ち 

19 縁の当り 

20 石火の当り

21 紅葉の打ち 

22 太刀にかわる身・身にかわる太刀 

23 打つと当る 

谷さんの蹴りとは;
① 組み打ち主体の相手を寄せ付けないための「威嚇」の蹴り → 当たる
② 一本を取るための「本気の蹴り」 → 打つ
という使い分けをされているようです。

24 しうこうの身
  岡崎さんは、拳を打つでもなし、押さえ込んで組みで倒そうというわけでもない。
  ただただ、くの字に曲げた両腕で相手に接近し、押し込む。
  そして、次の「25 漆膠の身」によって、くっついて離れない状態で(相手の心を)押し込む。

25 漆膠(しっこう)の身 
(「兵法三十五箇条」28. 漆膠の突きと同じ)
 「相手にくっつかないで間を空けると、相手がいろいろと技をするので、敵にピタリと体を寄せる。

  岡崎さんは
① 「水の巻24.しうこうの身」で相手に接近し、
② 「同 25.漆膠の身」でピタリとくっつき、
③ 「火の巻 4.枕をおさえる」によって、相手が先に攻撃しようとする心を押さえ込んでしまう。
④ そして、「水の巻 17 無念無相の打ち」によって、仕留めたのです。

26 たけくらべ 

27 粘りをかくる 

28 身のあたり 

29 三つの受け 

30 敵の顔を刺す 

31 敵の胸を刺す 

32 喝咄(かつとつ)

33 張り受け 

34 多敵の位

35 打ち合いの利 

36 一つの打ち 

37 直通(じきつう)の位 

38 水之巻後書


第6話 「五輪書 火の巻」

1 火の巻序  

2 場の次第 

3 三つの先

4 枕をおさえる 
  岡崎さんが、試合開始から一本を取るまでの攻撃はこれです。

5 渡(と)を越す 
勝機には、たたみ込むようにして攻撃すべし。
→ 第7話 「五輪書」で楽しむ大学日本拳法 ②

永岡さんの
7打連続の面突き。
3打連続の打ち(面・胴・胴突き) → 一本となる

6 景気を知る 

7 けんを踏む 
  → 「兵法三十五箇条」17.剣を踏む
  相手の攻撃を弱体化、もしくは無力化する。
  岡崎さんによる、この「攻撃を無力化させる」攻撃によって、谷さんは「剣を踏まれた」状態になり、蹴りでも拳でも、すべて中途半端な威力にさせられ、タイミングを狂わされ、いつもの切れが鈍ってしまった。

  面突きで一本取られた後、55秒あたりから、今度は岡崎さんの「7 けんを踏む」によって、無力化・弱体化させられてしまった。谷さん本来の一本が取れる面突き・蹴りではなくなっているのです。

  2度「4.枕をおさえる」で押し込まれ、3度目の試合開始のとき、「無念無想」という、両者相打ちという打ち合いになった時、「枕を押さえられた心の状態」になっていたため、普段の谷さんのように前へ出て打ち込めず、自分の立ち位置である白線の辺りで打ち合いになってしまった。

  谷さん得意の、前へ出て打ち込む面突きではなく、押し込まれた場所での・押し込まれた心での面突きであったため、タイミングは合っていて(押し込まれていたために微妙に遅れていた)も、正確に相手の面にあてることができなかった。

  一本を取られた後の戦いで、今度はこの「けんを踏む」によって「剣を踏まれた(技術を発揮できない)」状態となり、谷さんの打ちは、すべてタイミングが削がれ、無力化されてしまったということなのです。

8 崩れを知る
  谷さんは、青学渡邊さんの「一瞬の心のへこみ」を見逃しませんでした。  

9 敵になる 

10 四手(よつで)をはなす 

11 陰を動かす 

12 影をおさえる
  
敵の心を押さえる。
  敵がなにかをしようという心を抑えて「心変わり」をさせ、その変わり目を勝機として攻撃する。心が意志となって現実に、打つ・蹴るといった動作をしようとするところを押さえることで、相手の攻撃を無力化する。
  谷さんが青学の渡邊さんとの戦いで、意図したわけではないが、渡邊さんの心の影が(審判によって)押さえられ、渡邊さんの心が一瞬めげたところを面突きで攻めた。

13 うつらかす

14 むかづかせる 

15 おびやかす 

16 まぶれる 

17 かどにさわる 
  谷さんが岡崎さんの強力な直進力を矯めた(弱めた)のがこれです。

18 うろめかす  

19 三つの声

20 まぎるる

21 ひしぐ

22 山海のかわり

23 底をぬく  

24 新たになる  

25 鼠頭午首(そとうごしゅ)

26 将卒を知る

27 束(つか)をはなす

28 厳(いわお)の身 

29 火之巻 後書

第7話 「五輪書」で楽しむ大学日本拳法 ②

② YouTube「2019年 第32回 日本拳法東日本大学リーグ戦(女子) 
  【明治大学永岡里沙子-学連選抜高橋】
https://www.youtube.com/watch?v=zOGwTaiEymM

2024年4月15日
V.1.1

  私が1年生(5級)で、初めてリーグ戦という大会に出場した時のこと。
  きちっと面をつけているにもかかわらず、口の中は切れ、おでこや頰っぺは青たん赤たんと、ボロボロで迎えた最終戦。
  相手はそれまでの2段・3段ではなく1級であったこともあり、試合開始早々、直面突きの激しい打ち合いとなりました。1発・2発目までは、相手も私と競り合っていたのですが、3発目が出ない、というか明らかに力がない。
  一方、それまで2段・3段から蜂の巣のようにボコボコにされていた私は「やけのやんぱち日焼けのなすび、色が黒くて食いつきたいが、わたしゃ入れ歯で歯が立たない」なんて、香具師(やし)の口上ではないが、自棄(やけ)っぱちになっているので、まさにケンカと同じで相手がぶっ倒れるまで殴る意気。
  結局、3発目で私の面突きが一本となりました。

  更に、試合再開後に私のやけっぱちの蹴りが股間に命中し、相手は益々戦意消沈。
  審判も「5級じゃしかたがない、あんたも災難だったね。」みたいな感じで、注意も警告も受けず、そのまま試合終了となりました。

  で、こんな私の経験からすると、「3発まではあり得る」なんですが、なんと、明治の永岡さんは、恐怖の7連発(前拳も面突きに勘定すれば9連発)!
  二回目は3連発で一本取られたのですが、この時の彼女が素晴らしいのは、面・胴・胴と打ち分けをしていることです。
  また、回転運動をするにしても、時計回りばかりでなく、逆に回ったり、前後に移動したりと、フットワークも素晴らしい。前拳も生きています(前拳だけでも一本取れるくらいの切れと威力がある)。

  大学から日本拳法を始めて2年目にして、このセンスの良さ(練習で教わったことをやった、というわけではない? sponteneous自然の衝動から出る、運動性能)。「後生畏るべし」とはこの謂なり。

  この方と同期の青学・桃香さんという方も、パンチばかりでなく組み打ちも強い人でしたが、この永岡さんが4年生までやられていれば、中部・関西との女性団体戦で、高橋さんを含めた3人が核となり、いい戦いができたかもしれません。
  残念ながら、この大会以後、彼女の名前はこの大学から消えているのです。  
  因みに、最近の大学日本拳法でこの直面突きの連発(というガッツ)を見せてくれたのは、「2022年第67回全日本学生拳法関西学院大学vs明治大学準々決勝」における、関西学院大学・三将・田島選手でした。この方は拳だけでなく強力な蹴りも織り交ぜて、ほんらい格上であるはずの三段選手を完全に圧倒していました。

  勝負の勝ち負けよりも、こういう元気とガッツ、fight とspiritualという素晴らしい精神(性)を見られるところにこそ大学日本拳法の醍醐味がある、といえるでしょう。

第8話 「梅にうぐいす、松に鶴、朝吉親分に清次兄い」

  大学日本拳法の醍醐味・面白み・楽しさを味わえるのは、なにも拳法の試合ばかりではありません。防具をはずした素の姿からも、試合中と同じく、彼や彼女たちの(本当に人間らしい)素の心を楽しむことが出来るのです。

********************************

  日本映画の名作「悪名」シリーズ。勝新太郎と田宮次郎の名コンビ。  純情で一本気、無骨で無口な、まるで任侠のお手本のような正義感の塊、八尾の朝吉親分。
  そんな堅物の親分とは正反対。いつでも陽気で・人なつこくて・人当たりの良い清次兄貴。この義兄弟二人が、大阪・四国・九州、そして東京で、悪を相手に大暴れ。

  銭形平次にくっついている下っぴきみたいに「てえへんだ、てえへんだ!」と、騒いでばかりで役に立たない警察なんぞと違い、詐欺であろうが暴力だろうが、この二人はドスも拳銃も使わずに体を張って命がけ、民衆の抱える問題・降りかかる災難・トラブルを解決してくれるのです。

  「梅にうぐいす、松に鶴、朝吉親分に清次兄い」とは、そんな二人の相性の良さを、清次兄貴が、日ごろ口にする自己紹介の名文句。
  「♪♪♪ ここらで一丁やったるかい。This is troubleまかしとき、どや(「やど」の倒語。宿屋・簡易旅館)のあの子がI love you、清次兄貴のど根性♪♪♪」なんて鼻歌を歌いながら、5人でも10人でも(時には50人)相手に朝吉・清次のコンビで大活躍。

********************************

  で、2017年、全日本学生拳法選手権 女子団体で第三位となった同志社大学の二人組が、私には「朝吉・清次兄貴の名コンビ」に思えてしまうのです。 

「同志社大学 第三位 2017 全日本学生拳法選手権 女子団体 表彰式」

 https://www.youtube.com/watch?v=5489LGFTp5Q

① むすっとした表情の朝吉親分が、表彰状とトロフィーを授与されています。その横で、キラキラ笑顔と拍手で讃える清次兄い。

② 次に、日本拳法全国連盟から表彰状と盾が授与されるということで、親分が受け取った表彰状とトロフィーを清次兄いが「わてが、預かりまっさ」、なんていう感じで両手を差し出します。すると、親分はむすっとした表情で「おんどれ、もろうたらんかい」なんて指示します。

③ すると、清次兄いは「え、わてがもろうてもよろしゅうおまんのでっか」なんて、ちょっと驚いたような顔をして、自分で自分を指さします。  そして「こら、おおきに! ほなら、そうさしてもらいまっさ」なんて感じで、偉いさんの前へ進み出て、きちっと直立不動の姿勢で立ち授与されるのですが、終始むすっとした朝吉親分とは全く対照的、ニコニコと明るく満面の笑みをたたえ、体全体で喜びを表現しているところは、いかにも陽気で明るい清次兄いそのものです。

④ 表彰状と盾を手渡す拳法協会の理事さんは、その後ろ姿しか見えないのでわかりませんが、きっと「ええ子やな。息子の嫁はんになってもらえんやろか」なんて、心の中で思われていたのではないでしょうか。

⑤ 授与式が終わり、その場から退出する時も、清次兄いは朝吉親分を横目で見ながら礼のタイミングを合わせようとします。

  これぞ日本拳法という武道の心得、浪花節でいうところの親分子分の仁義と申せましょう。さすが清次兄い、ヘラヘラ笑って軽いノリのように見えますが、最後はきちっと親分共々礼をして、神妙な顔で自分たちの列へ戻っていきました。

  このお二人、面をつけての戦いになると、「西遊記」に登場する、恐ろしい牛魔大王と、その奥さんで、芭蕉扇(ばしょうせん)を使って大地を焼き尽くす羅刹女(らせつじょ)みたいな、凄まじい気迫・気魂のかたまりなのですが、面をはずすと無口で無骨な恥ずかしがり屋さんと、陽気で柔らかで楽しいハイカラお嬢さんに「変身」してしまう。
  このメリハリのあるところがいいんです。

「悪名市場」1963年
「悪名波止場」1963年
「悪名一代」1967年
「悪名一番」1963年

  もちろん、彼女たちが仮面をつけて生きている、というわけではありません。どちらも素の顔であり真実の心なのです。
  命がけの戦いで鍛えた「戦争と平和」の心を持つ朝吉・清次コンビに匹敵する、彼女たちの強烈な個性と存在感とは、「狂気と正気の境(さかい)で真実を見ることのできる大学日本拳法」によって生み出された、ひとつの象徴といえるのではないでしょうか。

2024年4月16日
V.2.1
2024年4月17日
V.2.2
2024年4月18日
V.2.3
平栗雅人


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?