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分断統治の罠にはまらず、自由で平等な社会を目指したい。LGBT理解増進法案を考える

差別やヘイトの問題を考えるときに、分断統治のメカニズムに注意を払うと構造が見えやすくなります。

分断統治とは、支配階層が世の中を統治しやすくするために、支配される側の結束を分断して、支配層への反乱を未然に防ぐための統治法です。

具体的には、「支配される側を一級市民と二級市民に分けて、扱いに差をつける」ということをやります。

その結果、一級市民は二級市民を見下し、二級市民は一級市民を敵視するように誘導され、「扱いの差」に意識が向いて、支配階層に対する批判の矛先を逸らすことができます。

つまり、人々が持つ差別意識や優越意識を増大させ、被支配層を分断することで、管理しやすくして統治するという方法になっているのです。

差別意識を増長させる言論と出会ったときに、多くの場合、その背後に分断統治のメカニズムがあります。

植民地主義と分断統治

分断統治の代表的な例が、植民地の統治です。

差別2を作ることで、差別1から目を逸らす

植民地では、宗主国が植民地から搾取を行います。そのため、宗主国の統治者と植民地の市民との間に差別1が生じます。そのため、宗主国の統治に対する反抗心が生まれ、反乱がおこるリスクが高まります。

それを防ぐために、植民地市民の一部を「一級市民」、その他を「二級市民」として扱いに差をつけ、意図的に差別2を作り出します。そして、差別2を煽ることで、差別1の存在から目をそらします。

分断統治の構造が作られ、優越意識や差別意識が煽られると、一級市民の中でも、より統治者に近い存在であるかどうかによって、優越意識を持ったり、遠い存在を見下したりするようになります。また、二級市民のなかでも、一級市民に近い存在かどうかで、優越意識や差別意識が生まれてきます。一級市民に忖度することで「名誉一級市民」になろうとするのです。それによって、序列化と差別が進んでいきます。

そうなると、階級ごとの差別に意識が向かい、この構造を作り出しているそもそもの構造は隠されてしまいます。それは、スクールカーストができている教室において、いじめられたくないから、いじめっ子に忖度して、いじめる側に回ろうとする心理に似ています。

差別をなくすとは?

差別をなくすとは、自由と平等に基づく自治を実現するということです。つまり、様々な違いが、分断統治に利用されないということです。

多様な違いを認め合う自由で平等な社会構造

市民には、様々なレベルの多様性があるので、それらが相互に尊重されて、共に生きることができるように、対話をしながら調整する必要があります。

多数派カテゴリの人たちが、自己利益を最大化することを追求し、民主主義を多数決で押し切るために使い始め、自分たちのカテゴリに有利なルールをる設定し始めると、多数派と少数派との間で、特権を持つ側と持たない側の格差が生まれます。そうすると、あっという間に分断統治の罠にはまっていきます。

だから、自由と平等に基づく自治が実現するためには、多数派に属する人が、少数派の声を取り入れてルールを調整し、自分とは異なる属性や特性の人の生きやすさを、お互いに守っていくことが不可欠なのです。

多数派に属する人は、何も考えなくても、社会で問題なく生きていくことができるという特権を持っています。その特権を自覚しないで、何もしないと、差別構造を維持することに無自覚に加担してしまいます。

しかし、初期設定として持っている特権の存在には気づきにくいです。自分の特権に気づいていないと、特権を持たない側から、「平等にしてください」と抗議されたときに、「自分は何もしていないのに、責められている」と感じて、「逆差別だ!」などと反撃するケースもあります。その反撃を恐れて口を閉ざすと、不平等が維持されることになります。まさに、何もしないことが、差別構造を維持するのに加担してしまうわけです。(7/9追記)

このように、差別をなくすためには、少数派が声を上げることよりも、多数派が特権を自覚して行動することのほうが、効果的なのです。

性別やセクシャリティの違いをどう扱うか

「自由で平等な社会構造」を目指すのであれば、性別やセクシャリティの違いについて、それらの違いを認めたうえで、一人ひとりが尊重されて、生きやすくなるためにはどうしたらよいか、相互理解を深めながら対話を重ねて、ルールを調整していくということになるでしょう。

それは、多数派に属する人(シス=性自認が生物学的性と一致している、ヘテロ=異性愛者)が、セクシャルマイノリティの人たちが生きやすくなるにはどうしたらよいのかを考えて、ルールを調整するということを意味します。LGBT理解増進法案の発想は、本来そこにあると思います。

しかし、あらゆるところに分断統治の罠が存在しています。一人ひとりの市民を、性別やセクシャリティの違いによって分断する社会構造が存在しているため、LGBT理解増進法案を、分断を煽るための道具として使う動きも生まれています。

「LGBT理解増進法案によって、女性の安全性が守れなくなる」という言説を展開することが、それにあたります。

つまり、シスヘテロ男性、シスヘテロ女性、セクシャルマイノリティの3つに分断し、シスヘテロ女性とセクシャルマイノリティとの対立を煽る道具としてLGBT理解増進法案を使うことで、差別1と2が見えにくくなる構造が発生するのです。

どちらの構造を選びたいのか?

本来であれば、制度的に支援されていないセクシャルマイノリティの人の生きづらさをテーブルに上げたうえで、一人ひとりが安心して生きられるようにするにはどうしたらよいかを、対話をもとにルールを調整していくというのが、「自由で平等な社会構造」を目指すということでしょう。

前節で書いたように、セクシャリティというカテゴリの差別をなくすためには、多数派に属する人(シス=性自認が生物学的性と一致している、ヘテロ=異性愛者)が、構造を理解して声を上げたり、行動を変えることが効果的です。

特に私のような、シスヘテロの男性が声を上げることが重要だと考え、本論を書きました。しかし、特権を持っている側は、それが当たり前すぎて、自分たちが得ている特権に気づきにくいです。パートナーや、友人の声に耳を傾けて、自分の足が、相手の足を無自覚に踏んでしまっていることに気づいて、「今まで踏んでいてごめんなさい」と動かす必要があるのです。私は、20代のときにジェンダーの問題にぶつかりましたが、その時は、恥ずかしながら、自己正当化をして、足を動かすことにしばらく抵抗しました。なので、それが、簡単なことだとは思いません。私の場合は、パートナーや友人たちのおかげで、足を踏んでいる状態では、本当の関係性は生まれないことに気づくことができ、それ以降、無自覚に踏んでいることに気づいたら、急いで足を動かすことにしています。(7/9追記)

怖れのポイントを刺激して、パニックボタンを押す

人間には、自己防衛本能がありますので、「怖れのポイント」を刺激されると、パニックボタンが押され、自己防衛のための反応が引き出されます。具体的には、

1)戦う
2)逃げる
3)フリーズする(死んだふり)

の3つのどれかが引き出されます。

統治者が、市民をコントロールするときには、市民が怖れている場所を見極めて、自己防衛の反応を引き出し、それを使って誘導するという手法が使われます。

外発エンジン

私は、この仕組みを「外発エンジン」と名付け、標準化の暴力的な側面を批判してきました。マジョリティ、マイノリティというのは、本質的な分類でなく、社会が定義した「標準」との距離になります。そして、その定義は、社会的暴力を生み出します。定義を内面化し他者や自分を否定したり、どれだけ「標準」に近いかなどによって優劣をつけたりします。分断統治は、この社会的暴力を利用しています。

今回のLGBT理解増進法案を取り巻く言説の中で、狙われている「怖れのポイント」は、2つあると思います。

①女性の安全性
日本は、痴漢やセクハラが横行している社会です。年間の痴漢検挙数は約3000件で、実際には、その10倍以上の件数があると言われています。
ほとんどの女性が、何かしらの性的被害に遭ったことがあるという社会状況の中で、「性的被害に遭うことへの怖れ」が生まれるのは当然です。

そこを刺激されると、
1)戦う:性加害を連想させる対象を攻撃する
2)逃げる:問題に関わることから遠ざかる
3)フリーズ:思考停止する。

と言ったパニック反応が引き出されやすくなります。

「LGBT理解増進法案によって、(シス)女性の安全性が守れなくなる」
「女子トイレや女湯に女装した男性の変質者が入ってきても、法律で罰することができなくなる」

と言った言説は、まさに、「(シス)女性が性的被害に遭う恐れ」から来るパニックボタンを押しに来ているわけです。

そして、1)戦う のパニック反応が引き出された人の動きを増幅する役割を担っているのが、「女性スペースを守る会」のような活動です。

それによって、連鎖反応的に次の怖れが刺激されます。

②トランス女性の安全性
パニック反応によって、シス女性による「性加害を連想させる対象を攻撃する」という動きが誘導されると、「生物学的には男性として生まれ、性自認が女性であるトランス女性」が、性的加害者と間違えられて攻撃されるリスクが出てきます。

セクシャルマイノリティの人は、日常的に差別や偏見を受けやすいので、「マジョリティから攻撃される」という怖れを抱くのは当然でしょう。そこのパニックボタンを押されることで、パニック反応が引き出され、セクシャルマイノリティの間でも分断が生まれやすくなります。

分断統治の罠にはまらない

怖れを利用した分断統治の仕組みは、社会に存在している怖れを刺激して、パニック反応を引き起こし、それを利用することです。

「シス女性の安全」も、「トランス女性の安全」も、どちらも大事です。

一方だけが守られ、一方が棄損されるというのではなく、両方が守られるためにどうしたらよいのかを話し合って調整するのが、自由と平等に基づく自治です。

そして、本質的な課題は、「性被害が横行している日本社会の構造や意識変革」です。

自由と平等に基づく自治を守ること、誰もが安全に暮らせることは、この社会に生きるすべての人にとって当事者性を持つ問題だと思います。

分断統治の罠にはまらずに、一人ひとりが生きやすい社会を作っていきましょう。

(追記)この文章を書くにあたり、LGBTQ+当事者の友人であるtomoni.のお二人とDayaさんから多くのフィードバックをいただきました。さらなる追記事項は、コメント欄に書いていきます。なお文責は、田原にありますので、本文についてのご意見は、田原までお願いします。

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