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メシアン『トゥランガリーラ交響曲』 分析ノート 第7楽章

第7楽章「トゥランガリーラ2」 Turangalîla 2


第3楽章「トゥランガリーラ1」に続く「トゥランガリーラ」楽章。この楽章は短いながら最も変化に富んだアクション満載の楽章。リズムセリーや音価の操作など、多くのアルゴリズムが設定されている。

なお本稿ではオリヴィエ・メシアンの以下の著作物から引用を行っている。引用元は

"OLIVIER MESSIAEN
TURANGALÎLA SYMPHONY
pour piano solo,onde Martenot solo
et grand orchestre
(1946/1948 - révision 1990)
DURAND Editions Musicales"

まずはこの楽章全体の構造を示そう。

セクションA:ピアノソロによるカデンツァ
セクションB:「ファン」
セクションC:打楽器によるリズムセリー
セクションD:鳥の歌やリズム操作を伴うフレーズを含んだ室内楽
セクションE:「ファン」逆行形
セクションF:「落とし穴と振り子」様々な操作を含んだ複合体
セクションG:ピアノソロの再現部
セクションH:「彫像のテーマ」を含む経過句
セクションI:「ファン」、リズムセリーが同時進行するコーダ


セクションA:ピアノソロによるカデンツァ

前楽章の眠りを覚ますような鋭角的な音響で始まる。最後の小節の音塊以外は単旋律であるが、装飾音が効果的に用いられており、煌びやかさを演出する。冒頭からの音価は

1 2 2 2 1 1 1 2 2 1 1 1 (1) 1 1 1 2 2 1 1 1 2 2 2 ,,,,

と続き、一部非逆行性を認めることができる。

セクションB:「ファン」

この楽章における非逆行性の最も顕著な例は、練習番号1番、6番、および12番の「ファン」と呼ばれるセクションに関するものだ。メシアンが「自分自身に近づいていくファン」と呼んだこのセクションは、この1番で順行が示されたのち、6番ではその全てが逆行する。12番では音色旋律の順行と逆行が同時進行することにより非逆行リズムを同時に提示するのだ。

ここのテクスチャーは3つの要素で構成されている。
①低音のトロンボーン、チューバによる濁った和音の上昇進行
②オンドマルトノの下降する半音階
③16分音符による音色旋律

閉じた低音域にあるトロンボーンとチューバの太くてくぐもった声が、巨大な恐竜のようにゆっくりと上昇していく。それに対しオンドマルトノの穏やかな声が半音階下降しながら深淵へと降りていく。この様子があたかも扇(ファン)が閉じていくように感じられるのだ。

閉じていく「ファン」が楽譜からも見えてくる

①は3音フレーズごとに規則正しく進行しているように思われるが、微細に見ると違っている。和音の種類が変わっていることがわかるだろう。
②のゆっくり降りてくる半音階と「敵対する」関係。

③の音色旋律は管楽器、弦楽器のピチカートにより演奏される。音程の高いパーカッションとピアノが特定の音(下記の1)を拾って持続させ、バスドラムが静かなロールを持続させる。以下に示した楽譜の数字はその担当する楽器を表す。

音色旋律

1 ピッコロ、グロッケン、チェレスタ、ヴァイブラフォン、ピアノ、トライアングル、ウッドブロック
2 オーボエ
3 クラリネット
4 ホルン
5 トランペット
6 フルート
7 弦楽器のピチカート
8 ファゴット、バスクラリネット、コントラバス

以上が同時に進行する最初の5小節のスコアを上げておこう。

セクションC:打楽器によるリズムセリー

打楽器群のみにより演奏されるセクションで、16分音符で1から16までの音価を操作してセリーを作る。

16の音価のグループ分け

グループ① トライアングルは {15 13 3 4} の4音周期、それに対するマラカスは逆行形 {4 3 13 15} 
グループ② 小トルコシンバルは {5 6 9 11 10}の5音周期、それに対するチャイニーズシンバルは逆行形 {10 11 9 6 5}
全ての音にアクセントが付されている。最後の小節は "f"(フォルテ) が念押しのように記載されている。
グループ③ ウッドブロックは {12 14 1 2 7 8 16}の7音周期、それに対する大太鼓は逆行形 {16 8 7 2 1 14 12}
{14 1 2 7}の持続は"ff"(フォルティッシモ)でアクセントが書かれており、特に印象的に響く。

セクションD:鳥の歌やリズム操作を伴うフレーズを含んだ室内楽

鳥の歌を演奏するソロピアノにさまざまなメロディーとリズム要素が絡む。

メインのメロディーはオーボエとクラリネット、それに付随するグロッケン、チェレスタによって演奏される。小節線を取り除きフレーズで示すと以下のようになる(別のフレージングも当然ありうるだろうが)。

最後に示した7音 {a g f# e c# b g#} で構成されている。(7-10)
開始の同音連打は第6楽章の冒頭、ピアノソロが演奏する鳥の歌の冒頭を思い出させる。

6楽章の冒頭の同音連打

これに対位的に絡むのがフルートのメロディー

その外枠を埋めるのが、ピッコロ、バスクラリネット、ミュートのついたホルンによる以下の音形。

ヴァイブラフォンとそれに付随する小トルコシンバルは16分音符で1から7の音価を
{1 4 7 6 5 3 2}
と入れ替えた音列のリズムで演奏。長2度の音を叩く。
これが終わるとこの音価に"7"を加えた音価で続けていく。つまり
{8 11 14 13 12 10 9}
続いても"7"を加えた音価が続いていくわけだ。
{15 18 ..}

このアルゴリズムは練習番号7番でも再登場する。

1段目が終わると7を加えた音価で再スタート

そして低音域ではチェロのソロが {c f c a# h h h h. . .}と始まる印象的なフレーズを演奏。

hの連打回数が微妙に違ってたり、4段目の最初のc音には添加価値の符点がついていたり、芸が細かい

ピアノソロは「鳥の歌」を演奏。

6楽章の鳥の歌との類似性も感じられる

以上が同時に進行する。このセクションの全ての楽譜を見てみよう。

セクションE:「ファン」逆行形

練習番号6番から、セクションBの逆行形。6小節間が完全に逆さまに進行する。「ファン」が開いていくような印象を得る。 

6番2小節目 と 1番5小節目
6番3小節目 と 1番4小節目
6番4小節目 と 1番3小節目
が対応する。比べてみよう。

6番からの「ファン」逆行形

セクションF:「落とし穴と振り子」様々なリズム操作を含んだ複合体

メシアンが、エドガー・アラン・ポーの物語『落とし穴と振り子』の運命の囚人の状況を思い起こさせる「恐ろしいリズム」と呼んでいるセクション。真っ赤な鉄の壁が囚人に近づくと同時に、振り子の先にあるナイフが彼の心臓にゆっくりと近づいてゆく二重の恐怖、そして言葉では言い表せないほどの拷問の落とし穴の深さを思い出す。これを表現するために7つの要素が入り乱れる。

①「和音のテーマ」がオーケストラ全体に散りばめられリズムの操作が行われる。「和音のテーマ」は 2楽章、4楽章にすでに登場している。

第4の循環主題「和音のテーマ」

音域は変更され以下の配置となる。4つの和音の担当楽器は以下の通り。

これが1サイクル。休符の音価が変化する。

2つ挟まれている休符が、一方は減少し、一方は増加する。

A       B       C     D
1       1  (5)   1    7   (2)
1       1  (4)   1    7   (3)
1       1  (3)   1    7   (4)
1       1  (2)   1    7   (5)
1       1  (1)   1    7   (6)
1       1        1     7   (7)
{1 1}            1     7   (8)
{1 1}                   7   (9) 

7回目のサイクルではAとBの和音が同時に演奏される。8回目のサイクルではCの和音は消滅する。(以下の譜例参照)

サイクル7と8

②小太鼓は以下のリズムを3度繰り返す。{4 4 4 8} の箇所にはクレッシェンドが付されており、音響の混乱を演出する。

③テンプルブロックとマラカスは組になり、以下のようなパターンを演奏する。テンプルブロックは不変、その後のマラカスの持続が16から始まり1ずつ減少していく。

④大太鼓とトライアングルは「音価の半音階」。大太鼓は sempre ff で16から始まり1へと減少する。恐ろしい切迫感。コントラバスのピチカートは同じリズムで演奏、音はb音から始まり半音階上昇していく。

トライアングルは逆に1から16に音価が増大していく。

⑤ピアノソロは、右手と左手で「リズム主題」を4分音符1拍分のカノンで奏する。このリズム主題は4楽章、5楽章にも出てきているが、以下のもの。

「リズム主題」
3小節目からセクションFの開始。右手と左手で「リズムのテーマ」のカノン。

使用されている和音は3音周期、これは第2楽章に出てきたものに由来する。

第2楽章4番の3小節目のカリヨンの和音が使われている

⑥フルート、ピッコロ、チェレスタは16分音符の走句を演奏。

この出だしの音形は第3楽章でのフレーズを思い起こさせる。

第3楽章6番のピアノパートと出だしが一緒

⑦ヴァイブラフォンは練習番号3番のリズムを f で演奏する。グロッケンは8分音符1つ分遅れで演奏しカノンを形成する。音はヴァイブラフォンの短6度上の音だ。

以上の①〜⑦が同時進行するこのセクション全体の楽譜を挙げよう。(練習番号7番から9番にかけて)

メシアンの脚注には和音のテーマB和音とD和音は休符込みの音価が示されている

セクションG:ピアノソロの再現部

練習番号9番、前のセクションが終わり間髪入れずに冒頭のピアノソロの最初4小節が再現する。大太鼓の音価の半音階が迫りきったところで、このソロに突入するのだ。

セクションH:「彫像のテーマ」を含む経過句

練習番号10番からピアノの旋回音形が出るが、1拍目の8個の音は8-18、2拍目の8個の音は8-z29、どちらも9-5のサブセットである。第1楽章7番5小節、第5楽章8番7,8小節に登場している。(それぞれの楽章の分析noteを参照のこと)
短6度上昇しつつ3度繰り返される。

これを受けて木管楽器のトリル、これは4-1、つまり4つの半音を分散して配置している。

チェロとコントラバスの音群は9-7、これが「彫像のテーマ」の前と後で3回繰り返し聞かれる。

「彫像のテーマ」が5楽章以来の登場、通常の第1音(g♭b)から始まらないが、テーマに使用される5種の3度の響きが網羅される。

続いてテンプルブロックの滑稽な響き、低弦の音群、ピアノの低域での奏句、ヴァイオリンソリと木管による8-18,8-z29の繰り返し、トロンボーンとオーボエ、トランペット、打楽器による打ち込み(これは第2楽章8番2小節を思わせる)、フルートピッコロによる駆け上がる音型、そしてピアノソロが白鍵と黒鍵を交互に弾き4オクターブを駆け降りてくる。

最後のセクションへの繋ぎとして、タムタムのクレッシェンドが2小節。

セクションI:「ファン」、リズムセリーが同時進行するコーダ

練習番号12番からは「ファン」順行形、「音色旋律」の順行形と逆行形、打楽器によるリズムセリーが同時に聞こえてくる。

ただしオンドマルトノで聞かれていた半音下降は変化する。ヴァイオリンの和音を伴って形成された5-31が、最初6音半音下降、長2度上がり再び6音半音下降する。またコントラバスの低音ペダル(トリル付き)、タムタム、サスペンドシンバルのトリルが加わっている。

結尾として、セクションAカデンツァ終わりの高音域の音塊に、大太鼓が締め括りの一撃を加える。


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第6楽章は↓




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