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ワクチン打っていると、コロナの合併症と言う表現になる

クワクチン打っていて、コロナの重篤化の症状で死んだら「コロナの合併症」と言うおかしな表現になる。「ワクチンバンザイ」というメディアでの印象操作である。

ワクチン打っていない人がコロナで死ぬと、「コロナで死んだ」とお祭り騒ぎである。ワクチンがそんなに「コロナ」をやっつけると思いこんでいるのかねえ。

コロナの対策は、スタートから大間違えであったのだ。しかし専門家に操られた政治家役人は、対策が間違えていたということを認めることはできない。なにせ、儲けている連中が多すぎる。

最近では医師が第二種感染症に指定したのが間違えだ主張するブログを先日見た。医師や看護婦はワクチンを打たない人が多い。ワクチンを打たない人が元気でいるというのは、推進派には困ったことなのだ。ヒトの金を預かり使う連中には、間違えを認めることは訴訟沙汰になる。少く見積もっても首であろう。だから、官僚は無誤謬なのだ。
僕は家族という「病に対しのシェルター」が失われたことが問題なのだという。温かいお粥を作ってくれる家族はもういない。「トットと医者行って学校・会社休むな」と追い出されるのだ。風邪は少し疲れているから休みなさいというサインなのだ。

このメンタリティは面白い。

「政治家・官僚の、俺様は間違えていない」と言う信念は「スターリニズム」という。

裸の王様現象Naked king phenomenon」と言うのだ。イソップの昔から絶えることはない。

多くの悲劇の根源である。しかし、馬鹿にすることは出来ない。僕らだって同じなのだ。

DSC_0388.JPGのコピー

「裸の俺様」である。

世界のパワハラの90%このメンタリティが元になっている。残りの10%は単純に暴力が好き。僕もパワハラ体質である。おまけに「のべつ幕無し」のマイクロバイオームの「引っ越し欲=性欲」が強いのでセクハラ体質でも有る。会社の経営者である。訴訟が怖いが、社員犬のマユは僕にぞっこんなのだ。

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早く飯食わせろ

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妻とは常に諍いの嵐の中にいるいつも喧嘩しとる離婚しないのが不思議だ 。時折「あんたの結婚したのが間違えだった」と、妻は自分の間違えを認めるが、なんかイラッとする。何故であろうか(笑)。|パワハラ・セクハラで売上もないから《僕は売れないソフト開発自営業者 》これも当たり前の反応である。僕の寝室は仕事部屋に移って戻してもらえる気配はない。(お、リンクが入っているとルビにならないのだな)

教室や家庭、親や先生が間違えることはいくらでもある。しかし、間違えを認めることは難しい。

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コロナは風邪

「コロナ」自身は何らかの毒素をはいたりはしない。O157はヒトの身体で神経をの伝達を壊す代謝物を分泌する。牛には何ら脅威ではないが、ヒトには致命的である。

コロナは炭疽菌やエボラのように身体の細胞を無差別に破壊したりはしない。結核菌や梅毒スピロヘータのように身体の持っている代謝系が殺したりおとなしくさせることが出来ないのではない(多くの感染しながら症状の出ない人もいるが)。

多々慎ましく、気管の粘膜上で自分を増やそうとするだけだ。

そしてそれは、あくまで気管の粘膜上なのである。身体自身が発熱をして感染した細胞を非活性化して治る。そうすると壊れた細胞を部品レベルに分解知るために白血球が登場である。

そして特定の人において自己免疫疾患を生じさせる。

最近、注射でワクチンを注入するので、本来気管支の粘膜でストップされていたウイルスが身体の中に入り込んでそ、自己免疫疾患を起こすという論を読んだ。ワクチンが効果のある種類の感染症とそうでない感染症が有ることも何かを示唆している。これをきっかけに「ワクチン」と言う治療法が多くの非科学的と廃止された医療行為と同じ様に忌避されるであろうか?ロボトミー手術はノーベル賞さえもらったが今は全くされない。クスリで脳みそを壊す時代なのだ。

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コロナで肺が白くなるのではない。自己免疫疾患なのだ。免疫が暴走して、壊さなくいい肺の毛細血管を破壊しているのだ。

僕は免疫系の細胞(白血球)が兵隊として身体の細胞を守るという『免疫学のテーゼ』は間違えている。熱は下げないほうが良いとよく言われるのはそのせいである。

白血球は、死肉処理(スカラベンジャー)なのである。外敵から守るなどというふうに見えるのは、擬人化の最たるものである。実際には、細胞は自分自身で自分を守るのだ。マイクロバイオームレベルでの共生が存在することは発生学でも多く論じられる。受精した卵子と精子は、着床するまで多くの受精卵を餌としようとするマイクロバイオームを退けるのだ。そういった『敵=自分を捕食しようとする細菌』を好物とする細菌(常在菌)を周りに増やすして、漁夫の利を得るのである(笑)。サンゴ礁で、イソギンチャクにの中に隠れる小魚がいるかのようにである。

非活性化された細胞は免疫系(死肉処理=スカベンジャー)が破壊してリンパで新たな生命のパーツとして身体の内なる海に放つ。

つまり、コロナは『炭疽菌やO157、エボラやマールブルグ、結核、梅毒』とは全く違うグループに属している。これらの感染症は身体のコロニーの中で強い繁殖力と破壊力を発揮する。

しかし、すべての人は「代謝系」が違う。特定の感染症の症状が出ないようにするための代謝系を持つ個体もいる。だから症状は個体によって、でたりでなかったりする。

しかし、特定のその種に固有の代謝系も有る。ツボカビはカエルを全滅させようとしているがヒトには伝染らない。北アメリカでは何ら問題を起こさないフィロキセラはヨーロッパのブドウを絶滅させた。

「獣人共通感染症」などというのは思い上がった言い方である。生命は、それぞれの違いがあるから、多彩な環境にストライピングされた「惑星」の表面を薄く覆う事ができた。

マイクロバイオーム

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風邪では医者は儲からない

身体のコロニーにおいて、「発熱」することで無毒化することが可能なのである。民間では、こういった感染症を「風邪」とよんでいる。

インフルエンザは、「症状の総称である『風邪』」と言う区分から抜け出せたのか?数日、苦しさを軽減することの出来る薬を製薬会社が作ったのである。しかし、それによって死ぬ人間もいる。僕の娘は死ぬところであった。

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予防医学というマジック

本来「犯罪と病気」は予防できない。犯罪は、社会の歪を正さねければ減少はしない。

「病気」も同じである。

おまけに今私たちを苦しめているのは「病因のない症状」である。

医師の言うとおりにしていたら、「検査値を正常にする」何種類もの薬を飲ませられ、救急搬送されて命を助けられて「同じ様な手術を繰り返されて」やがて自分の口で食べることも出来なくなり「経管・胃瘻・輸液」で管だらけにされて、意識も失い施設の一部屋でミイラのように小さくなっていく年金ATMとなって、やがて死ぬ。まあ、そのときには何も意識はないし、「よく頑張りましたね」とお褒めいただけるから遺族も満足であろう。僕はそんな人生の終わりなどまっぴらだ。

生活習慣病では、合併症が怖いと脅かす。それはそうである。検査値の異常は、食事に対しての身体というコロニーの当たり前の反応である。

合併症というのは致命的な臓器の損傷である。本来のヒトの身体は致命的な臓器を守ろうとするセーフティが何重にもある。しかし、そのセーフティを維持できない食事こそが問題なのだ。

今の私達依存している「食」の商品化というもをいかに乗り越えることが出来るか。今僕が取り組んでいる課題である。

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基本的に僕はパウエル嫌い

良心的な人だと持ち上げることで、アメリカ参戦を推し進めた人たちが贖罪されることはない。愉快ではないが、仕方がない。同じことを繰り返さないでいれるあと思ったが、戦争を飯の種にしている方々が多すぎる。

大量破壊兵器が有ると煽って多くの人間を殺した張本人が、「ゴメン」と言ってすむ問題ではない。人を少々殺しても犯罪者だけど、沢山の人殺した時はゴメンで良いのだ。大昔からの真実である。

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ああ、このお話も好きだ。残念なことに、独裁者が死んでも次に皇帝になろうとする輩がいて、それを担ぐ官僚がいる。貪欲を戒める「家族」と言う檻は大昔からこわされては作られる。

この演説の、「ハンナ」ってチャップリンの母親の事だと淀川さんが言っていたような気がする(要出典)。

見るたびに、泣ける。しかし、この演説を聞くと希望よりも絶望の深さを感じる。今の時代は、宣戦布告のない殺人を、予防だと言っているのだ。

1940年の映画だということを考えると凄い。日本に来た時に暗殺されかかったのもわかる。今なら統合失調症で薬漬けだ。

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#パウエル

#コロナ合併症


厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。