Ezra Collective『You Can't Steal My Joy』



 カマシ・ワシントンやロバート・グラスパーなど、新世代によるジャズの更新が著しいのはよく知られている。イギリスでも、ヌビア・ガルシア、モーゼス・ボイド、シャバカ・ハッチングスといったアーティストが台頭し、UKジャズの中心人物として大人気だ。
 いま挙げた者たちの全作品は聴いているし、そのすべてが耳を笑顔にしてくれる。そのうえで言うと、筆者はUKジャズに惹かれることが多い。サウンドのみならず、アーティストの姿勢にも好感を抱くからだ。UKジャズ・シーンにはイギリスの社会状況に言及する者も少なくない。たとえばCRACKの『The New Stories Of UK Jazz』という記事は、UKジャズの社会的側面を掘りさげている。登場するアーティストもポリティカルな発言をしたりと、サウンドに込められた想いを知るためにも必読の内容だ。

 エズラ・コレクティヴは、そんなUKジャズのなかでも特に注目を集めている。メンバーはフェミ・コレオソ、TJ コレオソ、ジョー・アーモン・ジョーンズ、ディラン・ジョーンズ、ジェイムズ・モリソンの5人。便宜的にはジャズ・バンドと言うべきかもしれない。しかし、そのサウンドはジャズ以外の要素も多い。J・ディラ的なヒップホップを匂わせる瞬間もあれば、グライムの空気を醸すときもある。
 彼らのサウンドはUKジャズの背景を如実に表している。レッドブルの記事『新世代UKジャズ ベストアルバム 21枚』も示唆するように、UKジャズと呼ばれる作品には、ある人にとってはジャズと言えないサウンドも目立つ。その本質は記事内のトム・ミッシュ『Beat Tape 2』評でも明らかにされている。

〈ジャズ信奉者の多くは、これはジャズアルバムじゃないと言うと思うけれど、そこが、わたしがニューウェーブジャズを大好きな理由なの。彼らはジャズを自分たちのものにしているのよ〉

 他にも、テクノ/ハウス・シーンを出自とするフローティング・ポインツは、さまざまな面でヌビア・ガルシアをサポートするなど、UKジャズにはジャズ以外の文脈も多分に流れている。そうした多様性はエズラ・コレクティヴの音楽そのものだ。

 その多様性は、待望のデビュー・アルバム『You Can't Steal My Joy』でも存分に楽しめる。オープニングを飾るサン・ラのカヴァー“Space Is The Place”からして素晴らしい。筆者のハートは良質な毛布に包まれたような温もりと、刺激的な音を聴いた興奮に襲われてしまった。バンド・アンサンブルはジャズである。だがビートに耳を傾けると、J・ディラの要素が色濃いことに気づくはずだ。
 “Red Whine”ではレゲエの香りを漂わせる。ダブ的なエフェクトも飛びだしたりと、ジャマイカのサウンドシステム・カルチャーへの敬意を感じる曲だ。彼らの影響源が多岐にわたることを示す意味でも興味深い。強いて言えばポップ・グループ的なポスト・パンクとしても聴ける。とはいえ、凄腕のアーティストたちが紡ぐ精密なグルーヴから生まれる心地よい緊張感は、やはりジャズだ。
 “Quest For Coin”も特筆したい。シンコペートするリズムが踊らせてくれるそれは、グライム、UKガラージ、サルサを撹拌したようなサウンドだ。筆者からすると、グライムの文脈からジャズを拡張したスウィンドル『No More Normal』への返答にも聞こえる。

 秀逸なコラボも目を引く。ジョルジャ・スミス、ロイル・カーナー、ココロコという彼らも深く関わるサウス・ロンドンの音楽シーンに近いアーティストが参加している。とりわけ気に入ったのはジョルジャとの“Reason In Disguise”だ。間を活かしたミニマルなビートにジョルジャの優美な歌声が交わるソウル・ナンバーは、才気のぶつかりあいから生じる程よいスリルが映える。音が縦横無尽に行き交うパンニングも遊び心に溢れていてニンマリしてしまう。

 『You Can't Steal My Joy』は、あなたに私の喜びを盗むことはできないという意味のタイトルだ。この言葉に込められた想いも重要なのは言うまでもない。ブレグジットやロンドンの家賃上昇など、イギリスの社会問題が反映されているからだ。イデオロギーだけでなく、貧富の格差や移民の排斥といった、さまざまな要因がもたらす分断に彼らは抵抗している。それを示すように、本作はいくつもの要素が複雑に絡みあった、多彩なサウンドを描く。彼らはジャズ以外の文脈と手を取りあうことで、ジャズを進化させるのだ。一方でルーツへの感謝も忘れない。フェラ・クティやサン・ラの秀逸なカヴァーを収録していることからも、それは明白だ。
 そうして生まれるサウンドは、『ブラックパンサー』のワカンダにも負けないほどの、伝統と革新の理想的な共立を実現している。そのような在り方自体が世情へのオルタナティヴになりえると、彼らは囁く。エズラ・コレクティヴの音楽は、他者と交わる喜びで煌めくレベル・ミュージックだ。



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