過去を通して、現在のいびつな構造を浮きぼりにする 〜 映画『デトロイト』〜



 キャスリン・ビグローは、緊迫感に満ちた映像を撮るのが上手い。その代表的な例といえば、やはり『ハート・ロッカー』だ。第82回アカデミー賞で6部門を受賞したこの映画は、静寂と騒々しさを巧みに使い分けることで、喉元にナイフを突きつけられたかのようなスリルを生みだしている。心地よさだけを求める観客にとっては不満たっぷりな手法かもしれないが、そうして質の高い作品をコンスタントに作りつづけてきたことは、多くの人たちが認めるところだろう。

 そんなビグローの最新作『デトロイト』も、例に漏れず高質な作品だ。本作は、1967年のデトロイト暴動中に起きた、アルジェ・モーテル事件を題材にしている。アルジェ・モーテル事件とは、ひとりの男が空砲を撃ち、それを聞いた警官たちがモーテルに突入したのがキッカケで起きてしまった悲劇だ。現場に居合わせた若者たちを、白人警官たちが不当に拘束し、拷問。拷問による死者も出てしまったが、死んだのは全員黒人だった。当時のアメリカは、いま以上に差別意識が蔓延しており、その象徴として語られることも多い事件だ。

 そうした事件をビグローは、生々しく描くことを徹底している。当時現場にいた人物をアドバイザーに迎えたことにも、リアリティーに対するこだわりが見てとれる。さまざまな登場人物の視点が描かれ、それがモーテルでひとつになるという物語の展開は、クリストファー・ノーランの『ダンケルク』に通じる手法だ。特に、切りかえの早いカメラワークは、あまりに『ダンケルク』を連想させるから思わず笑みがこぼれてしまった。

 しかしその笑みは、フィリップ・クラウス(ウィル・ポールター)を中心とした白人警官たちが拷問を始めた途端、瞬く間に消え去った。差別意識を剥きだしにした罵声、無慈悲で蹂躙的な暴力、そして流れる血。これらのすべてが筆者の心をぎゅっと締めつけた。あの白人警官たちが示していたのは、権力が黙認すれば、どんな惨い行為もおこなわれてしまうという恐怖だ。差別が許されてしまう当時の社会的合意と、暴動という緊急事態において白人警官たちにあたえられた圧倒的権力が、最悪な形で合わさってしまったのだ。
 こうなる予兆も、本作ではしっかり描かれている。略奪犯の捜査にあたっていたクラウスが、規則に反して男を銃撃したにも関わらず、現場から外されなかったのがそれだ。平時なら厳しい処分を受けるであろうその行動は、緊急事態の状況下では許されてしまった。これはまるで、人を殺すことが功績になる“戦時”の表象にも見える。とはいえ、拷問を隠しきれるわけもなく、白人警官たちは裁判を受けることになった。しかし、結果は無罪。陪審員が全員白人だったこともあり、白人警官たちは罰を受けずに済んでしまったのだ。
 映画評論家のアンジェリカ・バ​​スティアンは、このおかしさを告発しきれていないという批判的なレヴューを書いている(※1)。このレヴューには頷ける点が多く、重要な視点もいくつかある。そのうえで言えば、時間の制約がついてまわる映画というフォーマットにおける表現としては及第点だ。無罪判決が下されたとき、詰めかけた多くの黒人たちが浮かべる哀しみの表情、あるいはクラウスに詰め寄った後のメルヴィン(ジョン・ボイエガ)が嘔吐するシーンなど、さまざまなところで私たちへの訴えは示される。これらの訴えには、観客たちの心を揺さぶるには十分すぎる切実さがある。

 先述したように、本作は1967年の出来事が題材だ。悲惨な拷問も、その悲惨な拷問をおこなった白人警官たちが無罪になってしまうのも、教訓めいた昔話ではないか……と筆者も思いたい。
 だが、現実はそうもいかない。このことを示す例として、フィランド・カスティルのケースを挙げよう。2016年、車を運転中だったカスティルは、車のランプが壊れているという理由で白人警官に尋問された。同乗していたガールフレンドによると、手を上げるよう言われたカスティルは手を上げた。その後、銃は持っているが登録した合法なものだと言ったそうだ。そして、警官に免許証の提示を指示されたカスティルは、免許証を取ろうとポケットに手を入れようとしてすぐ、4発撃たれて亡くなった。車の後部座席には、当時4歳の娘が座っていた。

 カスティルの事件に対して、多くの人たちが哀しみを表した。ビヨンセは『フリーダム』という長文を自身のサイトで公開し(※2)、当時の大統領であるバラク・オバマも、「これは“アメリカの問題”として受けとめるべき」と語った(※3)。しかし昨年、カスティルを射殺したジェロニモ・ヤネズ警官は、不起訴処分を受けた。これに抗議するためのデモが1500人規模でおこなわれたことも記憶に新しい(※4)。
 恐ろしいことに、カスティルのようなケースは珍しいものではない。トレイボン・マーティン、エリック・ガーナー、タミル・ライスなど、世界的に有名な事件だけでもこれだけあるのだから。

 過去を描いた『デトロイト』だが、そこに浮かびあがる歪んだ構造は現在そのものである。



※1 : rogerebert.comに掲載されたレヴューです。https://www.rogerebert.com/reviews/detroit-2017

※2 : 『フリーダム』はこちらで読めます。https://www.beyonce.com/freedom/

※3 : カスティルの事件に言及したときの会見です。


※4 : AFP通信『黒人射殺の警官無罪に反発しデモ 道路封鎖で18人拘束 米』(2017年6月18日)を参照。http://www.afpbb.com/articles/-/3132456?pid=19118020

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