自分に自信を持つことから広がる、他者へのシンパシー 〜 泉まくら『アイデンティティー』〜



 “Forever Young”という言葉には、どうしても後ろ向きな意味合いを見いだしてしまう。現在よりも過去のほうに向いた、一種の現状否定に思えるからだ。“美しさ”や“若さ”を盲目的に信奉し、“老い”をネガティヴにとらえている感じがするのも引っかかる。
 20歳時と60歳時を比べて、どちらがいいということはない。どちらもそのときだからこその魅力があるに過ぎないのだ。時には後ろを振りかえることも必要かもしれない。とはいえ、そのまま視線が過去にとらわれてしまっては、いつまで経っても前を向くことはできない。常に今が最高なのだ。


 そんな気持ちにさせてくれるのが、泉まくらのサード・アルバム『アイデンティティー』だ。福岡在住のラッパーである彼女は、繊細さと豪胆さを併せもっている。曖昧な感情を慎重にたぐり寄せるかと思えば、直接的な言葉で心を深く抉ってくる。その姿はどこか孤独にも見えるが、同時に凛とした佇まいもうかがわせる。


 こうした魅力は本作でも健在だ。さまざまなアーティストがトラックを提供した前作とは打ってかわり、全曲nagacoのプロデュースであることもあってか、本作は泉まくらの内省がより鮮明に表れていると感じる。距離が近いというか、隣で雑談を聞いてるような錯覚に襲われる。
 11の短編を積み重ねることで、ひとつの繋がりが見いだせる流れも秀逸だ。それぞれの曲は独立した物語を持っているが、アルバムを聴き終えると、11の短編は線となって私たちの前に出現する。その線はさながら、ひとつの群像劇といったところ。


 また、あまり過去に執着していないところも興味深い。ラストの「さよなら、青春」にしても、青春時代を懐かしみ褒めたたえるというよりは、青春時代とおさらばするドライな感覚が際立つ。〈変わるなら進化じゃなきゃ嫌だから私はやるよ〉(「P.S.」)など、過去よりは現在や未来に向けた言葉が多いのも印象的だ。言うなれば諸行無常。変わることをあまり恐れていないように見える。


 このように本作は、少々足早に先へと行く言葉が目立つ作品だ。それゆえ常に孤独感を漂わせており、他者をイメージできる場面も多くない。それでも孤独であることを肯定し、変わることも恐れないという本作に優しく励まされる人は、決して少なくないはずだ。


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