Lil Nas X「7」



 リル・ナズ・Xは、アトランタ出身のアーティストだ(あえてラッパーとは言わない)。彼は最近、“Old Town Road”でちょっとした騒動を巻き起こした。トラップの文脈からカントリー・ミュージックを更新してみせたこの曲は、ビルボードのカントリー・チャートにもランクインするなど、人気を集めた。しかし後日、ビルボードはカントリーらしさが足りないという理由で、“Old Town Road”をカントリー・チャートから除外する。この処置には多くの批判が集まった。ジャンルや人種に関する議論を呼び、それを受けてビルボードはチャートに復帰させた。

 もうひとつ、彼にとっては面倒であろう事件があった。ニューヨーク・マガジンに、Nas Marajというアルファ・ツイッターユーザーではないか?と指摘されたのだ。その記事によれば、彼はツイートのコピペや嘘の情報でフォロワーを稼ぎ、さらにそれを利用して曲を広めたという。彼はNas Marajとの関連を否定しているが、真相はいまだハッキリしない。

 これらの出来事をふまえたうえで、彼のデビューEP「7」を聴いてみる。“Old Town Road”も収録された本作は、バラエティー豊かなサウンドが際立つ。なかでも興味深いのは“F9mily (You & Me)”だ。ブリンク 182のトラヴィス・バーカーが参加したこの曲で、彼は歌っている。サウンドはブラーの“Crazy Beat”も頭によぎる、バリバリのロックだ。
 本作において、ロックはかなりの割合を占める。グランジ的な陰鬱さが漂う“Bring U Down”も、大仰なラウド・ギターを響かせたりと、やはりロックだ。カーディー・Bを迎えた“Rodeo”など、ヒップホップの要素も十分に備えるが、聴く前に予想していたよりも少ないのは驚かされた。

 収録曲のほとんどは2分台で、1分台の曲もある。クリーンな言葉が並ぶ歌詞は聴く人を選ばないだろう。キャッチー、シンプル、短いという3条件を揃えたトラックも、ポップ・ソングとしては悪くない。オートチューンがかかった彼の声に幅を持たせないことで、多彩なサウンドに一定のムードをもたらし、散漫な印象になることを避けているのも上手い。
 本作から察するに、彼はラッパーというあり方にこだわりがないように感じる。特定のスタイルを追求するのではなく、各ジャンルの上辺を継ぎ接ぎしていくのが本質らしい。それは時として、“Old Town Road”のような奇跡を生みだすこともあるだろう。だが本作に限っていえば、その奇跡に匹敵、あるいは近いナニカが一切見られない。同じく多彩なサウンドが印象的な、ビリー・アイリッシュの『When We All Fall Asleep, Where Do We Go ?』みたいな興味深いコンセプトもなければ、刺激的なプロダクションも皆無だ。

 そうした内容を表すという意味で、「7」のジャケットは実に素晴らしい。張りぼて感を隠さない都市のように、本作のサウンドも薄っぺらいのだから。



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