キュートな多幸感 〜 ねごと「アシンメトリ e.p.」〜



 ねごとの新しいEP、「アシンメトリe.p.」聴きましたか? 僕は好きです。〈とにかくクールで、ダンサブル、ねごと史上最もエポックメイキングな作品が完成!〉というコピー(※1)にもあるように、本作はねごと史上もっともダンス・ミュージックの要素が強い作品。とりわけお気に入りなのは、表題曲。中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)をプロデューサーに迎え、いまにも大気圏を突破しそうな高揚感を創出している。「ループ」や「カロン」など、これまでもねごとは高揚感たっぷりな曲を作ってきましたが、それらとは違ったトランシーなサウンドが印象的。具体的に言うと、持ち前のバンド・サウンドではなく、ダンス・ミュージックのフォーマットで高揚感を出している。ドラムの手数は抑え目に、4つ打ち特有の中毒性を軸にしたグルーヴで、私たちを楽しませてくれる。


 こうした表題曲の方向性は、作品全体に影響を及ぼしている。明確にバンド・サウンドを見いだせるのは、益子樹(ROVO)がプロデュースを務めた「holy night」くらいで、あとはねごと流ダンス・ミュージックと言える曲ばかり。そこに持ち前のキャッチーなメロディーや、多彩なメタファーが光る歌詞が交わることで、本作はねごとの着実な前進を確認できる作品になった。


 ダンス・ミュージックといえば、いまはEDMが一大潮流になっている。そうした影響からか、最近の“ダンサブル”と形容されがちなJ-POPを聴くと、ほとんどがEDM的なものに聞こえます。いわゆる、サイドチェインを駆使した、8分刻みの裏拍で音が強調されるベースを取りいれている。擬音で表現すると、“グワッグワッブュワッブュワッ” みたいなやつです。
 ところが本作、その “グワッグワッブュワッブュワッ” がない。シンセ・ベースのパターンはさまざまで、グルーヴを作るためにハイハットが重要な役割を担っている。EDMの場合、“グワッグワッブュワッブュワッ” というベースでグルーヴをグイグイ引っ張るので、ハイハットの存在価値はあまり高くないのです。
 テクノ、ハウス、ディスコ、ブレイクビーツなど、ダンス・ミュージックにはたくさんのジャンルがあります。これらのほとんどは、ハイハットの鳴らし方でグルーヴが決まる音楽です。なので僕は、“ダンサブル” と形容される音楽を聴くとき、まずハイハットに注目します。ハイハットの使い方で、その人がどのあたりのダンス・ミュージックに影響を受けたのか、見えてくるからです。


 この判断基準からすると、本作はEDMよりも、テクノ、ハウス、ディスコの要素が強いと感じる。強いて類例を挙げれば、サカナクションなどでしょうか。けれどサカナクションは、テクノはテクノでも、ベルリン・テクノだと思います。彼ら彼女らが時折見せるドライで硬質なサウンドからは、マルセル・デットマン、マルセル・フェングラー、アンサー・コード・リクエストあたりが代表的な、Ostgut Ton周辺の影響がうかがえる。つまりドイツのテクノなんですよね。
 一方のねごとは、もっとイギリス寄り。アーティストでいえば、アンダーワールド、オービタル、ベッドロックなど、90年代のイギリスです。特に、本作のラストを飾る「school out」は、『Second Toughest In The Infants』期のアンダーワールドに通じる、スリリングな雰囲気や多幸感を醸している。


 ここまで90年代のイギリス、しかもダンス・ミュージック方面に接近したバンド、いまはあまりいないですよね。昨年リリースされたアルバム『VISION』もそうでしたが、ねごとはまたしても、現在の潮流に対するオルタナティヴを打ちだそうとしている。表題曲には〈もっと好きにさせて〉という一節があるけども、もっともっと好きにやっちゃっていいと思います。僕は常に、“いまのねごと”が好きです。




※1 : 「アシンメトリ」のMVなどで使われています。https://www.youtube.com/watch?v=fwfe_-1tUpI

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