現代に蔓延る闇を抉りだすホラー 〜 映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』〜



 スティーヴン・キングの小説を原作とする『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は、ホラー映画でありながら少年少女たちの青春物語でもある。くわえて、さまざまな社会問題への批判精神が色濃いのも印象的だ。なかでも秀逸なのはべバリーの境遇の描き方。おそらく彼女は父親から性暴力を受けているが、それを直接的な描写ではなく、父親との関係性を匂わせる数シーンで多くを語っているところに、制作陣の高いスキルを見いだせる。表情や会話の間で、観客は彼女が抱える不安を瞬時に理解できるのだ。たとえば洗面所で彼女が血まみれになるシーンは、月経の表象であると同時に、彼女が抱えるトラウマを表すものでもある。父親のせいで、性的な眼差しに恐れを抱くようになってしまった。そうした生々しい傷をあのシーンは描いている。

 トラウマといえば、人々を恐怖に陥れるピエロのペニーワイズは、少年少女たちの傷を反映した存在だ。少年少女たちが一斉にペニーワイズを「殺せ!」と叫ぶシーンも、ペニーワイズというより、少年少女たちを抑圧する問題に向けられたものだろう。このシーンは、人の弱みに付けこむというペニーワイズの設定を上手く活かしている。
 劇中で見られる社会問題は、家父長制、ヘリコプターペアレント、性暴力、スクールカースト、ルッキズムなど多岐にわたる。これらの問題は少年少女たちがそれぞれ暗喩しているので、ぜひ見つけてほしい。

 少年少女たちを演じる役者陣も見所たっぷりだ。群を抜いていたのは、べバリーを演じたソフィア・リリス。海外でも本作がキッカケで有名になったくらいの役者だが、横顔がいちいちカッコいい。魅力的に見せる立ち居振る舞いを本能で知っているかのような演技にやられてしまった。2002年生まれだそうだが、この先が楽しみな役者だ。

 こうした多くの面白さがあるだけに、しょうもないB級映画と勘違いされそうな邦題の致命的センスのなさは何とも罪深い。

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