Cassie Rytz『Starts Here』


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 1年ほど前、グライム・シーンのMCを紹介するYouTubeチャンネルCrescoSMGにアクセスした。3分程度の動画を再生しては、次の動画に進むの繰りかえし。正直、そのときは大した収穫を得られなかった。キャシー・ライツというMCを除いて。
 ライツはサウス・ロンドンを拠点に活動するラッパー。男性支配が根強いグライム・シーンに迫ったBBCのプログラム、『Galdem Sugar』に参加するなど、18歳にして大きな注目を集めている。初めて詩を書いたのは16歳だそうだ。それをふまえると、現在の勢いを生みだすまでのスピードは驚異的と言っていい。

 『Starts Here』は、全10曲を収めたライツのデビュー・ミックステープだ。アグレッシヴなラップ、鋭い言葉、色とりどりな感情表現といった、持ち前の魅力を存分に味わえる良作である。社会が求める規範に馴染めない孤独感や、それをもたらすものに対する怒りが滲む歌詞は、パーソナルな色合いが強い。ハッタリをかますマッチョさも求められがちなグライムにおいて、それは異彩を放つ個性であり、魅力だ。この魅力に触れると、自身の弱さと向きあえるのも立派な強さなのだと、あらためて実感する。

 お気に入りの収録曲は先行シングルにも選ばれた“Shell”だ。強烈なベースとミニマルなビートに乗せて、女性のエンパワーメントを肯定する言葉が紡がれる。ライツの舌鋒は鋭く、一瞬で私たちを引きこむ力強さがある。
 ハリア・ジャックが参加した“Level Them Up”も耳を引いた。他の曲よりも音が軽やかで、甘美な瞬間もあるUKガラージだ。これまでライツがあまり見せてこなかった側面を楽しめる。

 『Starts Here』を聴くと、グライムだけでなく、UKガラージ、UKドリル、アフロスウィングといったジャンルを見いだせる。これまでのライツは、言葉の勢いで突き進んできたところもあり、サウンド面はそれほど言及されることはなかった。しかし、本作をきっかけにその状況も変わるだろう。多彩な音が繰りひろげられる本作は、ライツの音楽的才能を証明する作品でもあるからだ。2000年代生まれのニュー・スター候補は腐るほどいるが、そのなかでもライツの輝きは一際眩い。



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