Skepta『Ignorance Is Bliss』



 スケプタは、2016年にリリースしたアルバム『Konnichiwa』で、イギリスのポップ・ミュージック史に金字塔を打ち立てた。トラップといったUSヒップホップの要素も取りいれつつ、スクエア・シンセによる攻撃的なサウンドを強調したそれは、紛れもなくグライムだった。こうした作風に、イギリスのラッパーであることを自負するスケプタの姿を見いだすのは容易い。
 そんなアルバムは賞賛の嵐で迎えられた。マーキュリー・プライズは、デヴィット・ボウイやザ・1975を脇に追いやり、『Konnichiwa』に栄冠を授けた。イギリスのアルバム・チャートでも2位を記録し、ガーディアンをはじめ多くのメディアがベスト・アルバム・リストにランクインさせた。

 その過熱ぶりに目をつけたのがミック・ジャガーだ。2017年にソロ名義でリリースしたシングル“England Lost”に、スケプタをゲストに迎えた。ブレグジットや緊縮財政といったさまざまな問題に晒されるイギリスを憂いたその曲で、スケプタはこのようにラップしている。

〈みんながおまえを晒し首にしたがっている 前の日にはおまえを褒めたたえていたのに〉
〈路上の人々がすべての仕事を引き受ける そしてスーツ姿の男たちがすべての栄光を奪う〉

 おそらく前者は、歓迎(少なくとも表向きには)されていた移民の排斥に皮肉を投げかけるものだろう。そして後者は、デイヴィッド・キャメロンの無謀な賭けに端を発した混乱に対する批判だ。スターとなっても痛烈な批判精神を忘れないところに、さすがスケプタと唸ったのは言うまでもない。

 『Ignorance Is Bliss』は、『Konnichiwa』に続く5枚目のアルバムだ。まずはサウンドに耳をやると、前作を深化させたものであることに気づく。グライムの要素を残しつつ、ミーゴスや2チェインズ的なトラップを色濃くしている。

 その折衷性を象徴するのが“Greaze Mode”だ。ミニマルなプロダクションが映えるビートはもろにトラップな一方で、スクエア・シンセや8ビット風シンセなどの上モノは、グライムでよく聴く音色である。
 エイサップ・ロッキーとコラボしたりと、スケプタはアメリカでも知名度を高めている。そうした状況を受けて、アメリカの市場も視野に入れた音作りを選んだのかもしれない。良く言えば手堅く、悪く言えばチャレンジングな姿勢が足りないといったところか。筆者からすると、韓国語で歌われた作品を全米アルバム・チャート1位に送りこんだBTSの例もあるし、そこまでアメリカにすり寄った音作りをしなくてもいいのでは?と思わなくもない。

 次に、アルバム全体の歌詞に耳を傾ける。自己言及的なものが多く、熱心なファンにしかわからないであろう内輪ネタも目立つ。たとえば“Glow In The Dark”の冒頭では、ナオミ・キャンベルと共に『British GQ』の表紙を飾り、人種差別や政治について議論したことに触れている。さらに“Going Through It”は、音楽活動で抱いた戸惑いを吐露しており、他の曲と比べてもかなり内省的だ。こうした言葉選びからは、トップに辿り着かなければ経験できない情感や混乱が漂う。ゆえに風格も醸しており、スケプタという存在を強くアピールしている。それを可能にする高いストーリーテリング能力もさすがの一言だ。

 このような『Ignorance Is Bliss』は、スケプタにしか作れないアルバムではある。しかし、時折うかがえる保守的な音作りや姿勢に、あぐらをかいていていいのかい?と思ってしまうのも本音だ。デイヴスロウタイなど、新たな足音はすぐ後ろに迫っている。



※ : “Greaze Mode”のMVも貼りたいのですが、〈申し訳ありません、入力されたURLは「画面の埋め込み」に対応しておりません。通常のテキスト編集のリンク機能でお試しください〉と出るので、URLになってしまいました。改善されたら貼りなおします。 https://www.youtube.com/watch?v=cHL-fNnDwU0&feature=youtu.be

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