男女を逆転させた「Boys」のMVに見る、チャーリーXCXの批判精神とメッセージ




 チャーリーXCXが新曲「Boys」のMVを公開しました。このMVは、MVで女性がよくおこなうとされている仕草や行動を、さまざまな男性アーティストにやらせるという内容です。出演しているのは、マーク・ロンソン、マック・デマルコ、ディプロ、ウィル・アイ・アム、A.G.クックなど、錚々たる顔ぶれ。筆者が特にグッときたのは、犬と戯れるディプロの可愛らしい姿。とても良い笑顔を浮かべています。


 こうした内容について、MVを監督したチャーリーXCXは、男性の目線を反転させたかったとBBCレディオ1のインタビューで語っています。そのコンセプトは実に上手く表現されており、感心するばかりですが、なかでも見逃せないのは、コンセプトをより強固なものにしている歌詞でしょう。「Boys」では、次のようなことが歌われています。


〈金曜日は楽しませてくれる悪い男の子が必要 日曜日に私を起こしてくれる優男が必要 月曜日の夜には仕事場の男の子が来てくれる 全員欲しい〉


 自分も器を測られているとは思わず、女性をあれこれ品評する愚かな男性は後を絶ちませんが、そうした男性を揶揄した一節として、MVでは機能している。ただ、男は女よりも劣るという意味でないことは、留意すべきでしょう。「Boys」のMVが伝えているのはズバリ、“男らしい”とされている要素を持つ女性はいるし、“女らしい”とされる要素を持つ男性もいるという、あたりまえのことです。このようなメッセージを持つ「Boys」のMVは、いまだ根強い男女の役割に関する固定観念や偏見、いわゆるジェンダー・バイアスに対する批判を投げている。


 そんな「Boys」のMVですが、興味深いのは、チャーリーXCXと男性アーティストの絡みが一切ないことです。この演出については、広告におけるジェンダーという切り口から考えてみます。
 アメリカの歴史学者デイヴィッド・モリス・ポッターは、著書『People Of Plenty』にて、広告を制度としてとらえたうえで、広告は社会をコントロールする制度のひとつであると述べました。確かに広告には、人々の価値観を規定し、下手すると差別や偏見を助長してしまう力があると思います。こうした考えは世界的に広がっており、たとえばチャーリーXCXの出身地イギリスでは、今年7月に広告基準協議会(ASA)が、性差別を助長する広告は今まで以上に規制すべきというレポートを提出しました(※1)。このレポートでは、広告でジェンダー・バイアスを押しつける危険性が指摘され、特に子供や若者に重大な影響を及ぼす可能性が述べられています。もちろん、この規制自体にはさまざまな意見がありますが、広告の影響力について真剣に議論されている事例として、参考になるでしょう。


 日本でも、性差別を助長する広告については多くの議論があります。音楽でいえば、YMOがキャンペーンに使用した「世界は日の出を待っている」のポスターが有名かもしれません。このポスターは、女性のお尻にレコードを挟むというもので、女性の体を商品化してしまった一例として、批判的に言及されることが多い。また、細川ふみえと数学者の森毅が出演した、キリン『ポストウォーター』のCMも、ジェンダーの観点からよく批判されます。1992年に放送されたこのCMは、細川ふみえがひたすら胸を強調する一方で、立派なスーツを身にまとう森毅が論理的な話をするというもの。当時の社会が求める“男らしさ”と“女らしさ”を対照的に見せたそれは、常に男性優位の不平等な関係性を想像させるという意味で、相当キツい。


 ここまで書くと、チャーリーXCXが男性アーティストと絡まなかった意図が見えてきた方もいるでしょうか。「Boys」のMVが素晴らしいのは、不平等な関係性が見られないところです。常に男性優位な関係性のみならず、その逆も描かれていない。あくまでも、ジェンダー・バイアスへの批判に徹している。だからこそ「Boys」のMVは、“男”か“女”か、あるいは“それ以外”かといったカテゴリーで決めつけるのではなく、その人の人間性をちゃんと見つめようという想いが込められた作品になったのです。グライムスやローレン・メイベリーなど、性差別に言及するアーティストが増えてきたなかで、このようなMVを作りあげたチャーリーXCXは、その知性をあらためて証明したと言えるでしょう。




※1 : レポート『Depictions, Perceptions And Harm 〜 A Report On Gender Stereotypes In Advertising 〜』はこちらで読めます。英語ですが、興味がある方はぜひ。https://www.asa.org.uk/asset/2DF6E028-9C47-4944-850D00DAC5ECB45B.C3A4D948-B739-4AE4-9F17CA2110264347/

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