そしてフランクは宇宙になった   〜 Frank Ocean『Endless』『Blonde』〜




 先日、サマーソニック2016で観たザ・1975のライヴがとても良かった。イギリス出身の4人組である彼らは、今年リリースのセカンド・アルバム『I Like It When You Sleep, For You Are So Beautiful Yet So Unaware Of It』で、イギリスのみならずアメリカでも1位を獲得するなど、いまもっとも勢いのあるバンドのひとつだ。
 彼らはよく“インディー・バンド”と形容されるが、そうした呼ばれ方には違和感を持っているようだ(※1)。また、自分たちの音楽を定義づけることにも興味がないらしい。確かに、彼らの音楽はさまざまな要素を見いだせる。先に書いたセカンド・アルバムでもR&Bを取りいれるなど、特定のフォーマットに対するこだわりがあまり感じられない。ロックをはじめ、あらゆる音楽を網羅していると豪語するだけのことはある、といったところか(※2)。こうしたことを言えるのは、NapsterやYouTubeなど、音楽の聴き方を完全に変えてしまったツールが出てきた90年代末から2000年代半ばを10代として過ごした世代だからかもしれない。
 同じく雑多な要素が入り乱れるサウンドを鳴らし、一応それを“エクスペリメンタル・ポップ”と定義するグライムスなど(※3)、88年前後に生まれたアーティストの多くは折衷的作品を自然と生みだしてしまうのだろう(ザ・1975の中心人物マットは1989年、グライムスは1988年生まれ)。しかもその要素は音楽だけにとどまらず、それこそグライムス『Visions』のジャケは、映画『エンター・ザ・ボイド』にインスパイアされて描かれたものというのは有名な話だ。

 ザ・1975が素晴らしいライヴを披露した日、ふたつの興味深い作品が耳に届いた。1987年に生まれたフランク・オーシャンのニュー・アルバム、『Endless』と『Blonde』だ。彼は2012年の『channel ORANGE』で、第55回グラミー賞の最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバムを受賞するなど、現在のポップ・ミュージック界を代表するアーティストのひとり。退廃的かつ自省的な雰囲気を漂わせる言葉とサウンドは、とてもパーソナルに聞こえる。それはさながら、音楽という形を借りた日記でありポエムである。
 彼の音楽は、便宜的にR&Bと呼ばれることが多い。だが、『channel ORANGE』ではプレイステーションの起動音をサンプリングするなど、どう聴いても単一タグで括れる単純な音楽を鳴らしているようには思えなかった。確かにこのアルバムには、R&Bという言葉に追いつかれるギリギリの統一感もあるにはあったが、それは彼の広大な脳内宇宙の一端に過ぎないと感じたし、同時にこの先どんな表現をするのだろう? とわくわくさせるに十分な輝きも放っていた。
 おそらく、前者の部分に目を曇らせた者たちが、彼の音楽をR&Bに収めたがっているのではないか。そして後者の輝きに魅せられた者たちは、彼の音楽にとてつもなく広大な風景を見いだしたに違いない。そして、その風景に魅せられた者たちは、R&B云々という定義遊びにはさほど興味を持っていなかったと思う。極端に寛容で幅広いからこそ、さまざまな試みができるポップ・ミュージックというフィールドの拡張とさらなる可能性を見ていたはずだ。

 『Endless』と『Blonde』は、その可能性を花開かせた作品である。まず『Endless』は、倉庫のような場所で淡々と作業する者の様子を映した“ヴィジュアル・アルバム”という形態の作品だ。ジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)、アルカ、ジェイムス・ブレイク、セバスチャン、アレックス・Gなど、実に多様なゲスト陣が華を添えている。この面子にこれといったわかりやすい傾向はなく、フランクが好きなアーティストを呼びあつめた印象だ。ジャンル的な偏りもなく、見事にバラバラ。
 このような高い彩度は音にも反映されている。アイズリー・ブラザーズが原曲のアリーヤ「At Your Best (You Are Love)」をアンビエント・ゴスペルに仕上げたカヴァーもあれば、フランクの声が細切れにされた約30秒のトラック「Mine」もある。全体的に静謐な雰囲気が際立つものの、シンプルなポップ・ソングから実験的なトラックまで、さまざまなタイプの曲が揃っている。

 そんな『Endless』と比べて、『Blonde』はある程度の統一感を醸している。こちらはジェイムス・ブレイクやセバスチャンといった『Endless』にも参加しているアーティストにくわえ、ビヨンセ、ケンドリック・ラマー、オースティン・ファインスタインなどもゲストに名を連ねている。一見するとヒップホップやR&Bに寄った人選に見えるが、なかばフォーク・ソングのような「Self Control」や「White Ferrari」もあり、曲のほうは多様を極めている。
 そして、ヴィジュアル・アルバムではないからか、『Endless』よりも言葉が詩的に聞こえる。小説家の仕事に興味を持つなど(※4)、もともと言葉には強いこだわりを持つフランクだったが、それはいまも変わらないということだろう。彼は映画に対する造詣も深く、趣味もなかなか面白い(※5)。そう考えれば『Endless』と『Blonde』は、前者が映像に対する興味を、後者は言葉に対する興味を追求した作品と言える。
 ちなみに『Blonde』には、収録曲をいくつか入れかえたBoys Don’t Cryヴァージョンが存在する。しかもこのヴァージョン、いまや日本のポップ・ミュージックを代表するスターになったラッパーKOHHが参加している。それは「Nikes」の別ヴァージョンなのだが、短いながらも日本語でカッコいいラップを聞かせてくれる。〈去る者追わず 来る者選ぶ それだけの話〉というラインには、筆者もグッときてしまった。ところがBoys Don’t Cry版、ロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴ、ロンドンの4都市で無料配布されたZINE『Boys Don’t Cry』に付属しているもので、いまのところ他に入手方法はない。だが、ぜひとも合法な手段を介して聴いてみてほしい。フランクとKOHHの邂逅は、文字通り事件なのだから。

 『Endless』と『Blonde』、そしてBoys Don’t Cry版『Blonde』と、フランク・オーシャンは同時期に3作品を発表してみせた。形態や内容はそれぞれ異なるが、『channel ORANGE』以降の彼が触れてきたものを反映しているという意味では、3作品合わせて“ひとつの表現”と解釈したほうがしっくりくる。パーソナルな色彩をより強めた言葉が目立ち、さらに『Blonde』にはこれまでもライヴで披露されてきた「lvy」も収録されるなど、3作品を通じて彼は、自らの過去〜現在〜未来を表現しているのかもしれない。それは一種の私小説であり、ロード・ムービーであり、日記であり、フランク・オーシャンという人の中にある風景なのだ。まるでたくさんの星が集まる惑星系のように、多くの人の呼気や想いが渦巻く、そんな風景。それを覗き見する幸福な共犯者として、私たちは彼の表現に携わっている。

 今回発表された“ひとつの表現”は、後々2016年を振りかえったとき、“アルバム”という表現形態の拡張を促した重要作として評価されると思う。ヴィジュアル・アルバムの『Endless』もわかりやすい例だが、事前の大々的なプロモーションもなく、しかも形態が異なる3作品で“ひとつの表現”を完成させたという点において、多角的に考察されるだろう。
 レディオヘッドによるName Your Price形式でのアルバム・リリース(※6)、さらにフレーミング・リップスは24時間にも及ぶ曲を頭蓋骨グミに埋めこみリリースするなど(※7)、これまでにも挑戦的なリリース方法は見られた。だが、これらの手法をいまやったとしても、たいしたインパクトは持たないだろう。頭蓋骨グミはともかく、リスナーに値段を決めてもらったり、24時間もある曲をリリースすること自体は、いまや容易にできてしまうのだから。しかしそうした現況に、フランク・オーシャンは風穴を開けた。形態だけでなく、リリースに至るまでのプロセスなども、これまでのセオリーに対するオルタナティヴを示したのだ。私たちは、ポップ・カルチャー史に残る偉大な出来事をリアルタイムで目撃している。



※1 : AMPの記事『「僕らはインディーじゃない」The 1975インタビュー』を参照。http://ampmusic.jp/155/


※2 : ※1と同様。


※3 : MTVジャパンの記事『グライムスが語るグライムス誕生秘話』を参照。http://www.mtvjapan.com/blog/mtvnews/2012-10-10/5725


※4 : ビルボードジャパンの記事『フランク・オーシャン、小説を執筆中か』を参照。http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/39725


※5 : FACTの記事『Here’s Frank Ocean’s 100 favourite films, from Battle Royale to Blue Velvet』を参照。http://www.factmag.com/2016/08/25/frank-ocean-100-favourite-films/


※6 : 2007年にレディオヘッドは、リスナーに値段設定を委ねる形でアルバム『In Rainbows』をリリースした。流通などの中間マージンが発生しない形でも販売されたことは、さまざまな議論を呼んだ。


※7 : 2011年のハロウィン、フレーミング・リップスは「7 Skies H3」という楽曲を発表した。24時間もあるこの曲は、フル・ヴァージョンが収められたフラッシュ・メモリーを、人間の頭蓋骨の形をしたグミに埋めこむという形でリリースされた。価格は1体5000ドル。

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近藤 真弥

ポップ・カルチャーが大好きなフリーライター/編集。批評スタイルは「群れずに是々非々」。主な仕事のまとめ : http://masayakondo.strikingly.com/ 連絡先 : acidhouse19880727@gmail.com

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