私たちの想いを遮る壁があるなら、そこに橋を架けよう 〜 The XX『I See You』〜



 2012年4月28日と29日、ハシエンダ大磯フェスティバルが開催された。ピーター・フック、石野卓球、ハッピー・マンデイズのベズなどが出演した音楽フェスで、セカンド・サマー・オブ・ラヴの震源地になったクラブHaçienda(ハシエンダ)をモチーフにしていた。筆者は、編集協力で参加したピーター・フックの著書『ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側』に関するイベントを手伝うため、両日とも会場にいた。
 そのなかでも特に面白かったのは、ベズとの時間だ。ホテルのロビーで初めて遭遇したときは軽いあいさつのみで、会場で2度目の遭遇をしたときも目礼だけだったが、ホテルの廊下で3度目の遭遇を果たしたときは、ニコニコしたベズに「またお前か!」と言われてしまった。しかしこれがキッカケで、ベズからマッドチェスター期のイギリスについてあれこれ聞くことができたし、しょうもない雑談もした。ベズは、筆者の大袈裟なジェスチャーやカタコトの英語にも笑顔で付き合ってくれる、とても良いヤツだった。
 ベズとの会話でとりわけ印象的だったのは、互いの好きな音楽について話したときだ。「最近何を聴いてる?」と訊かれた筆者は、少々迷った後に「ジ・エックス・エックス!」と答えた。するとベズは、やはりニコニコしながらこう語ってくれた。


 「僕からすると、Haçiendaが全盛期だったころのクラブ・カルチャーやレイヴを感じるバンドだな。それこそ、ハッピー・マンデイズやプライマル・スクリームみたいなさ。イギリスのバンドらしい音だと思う」


 正直、この意見はちょっと疑問だった。時折見せるベース・ミュージックの要素にクラブ・カルチャーの匂いを見いだせなくもないが、それ以上にヤング・マーブル・ジャイアンツやエヴリシング・バット・ザ・ガールといった、イギリスのインディー・ロック寄りなバンドだと思っていたからだ。


 いま手元には、ジ・エックス・エックスの最新作にして最高傑作の『I See You』がある。前作『Coexist』以来のアルバムとなる本作を聴いて、ようやくベズの言っていたことが理解できた。オープニングの「Dangerous」からして、これまでとは違うぞと思わせる。アグレッシヴかつ肉感的で、性急なグルーヴが際立つハウス・ミュージックを鳴らしているのだ。初めて聴いたときは、間違えてディスクロージャーのアルバムを再生しちゃったかな?と思ったほどだ。さらに驚かされたのは、4曲目の「A Violent Noise」だ。高揚感たっぷりのユーフォリックなシンセ・サウンドに耳を傾けると...まさかのトランスではないか!ここ数年、マムダンスがDJプレイでトランスをプレイしたりと(※1)、にわかに再注目されているトランスだが、その流れにジ・エックス・エックスも乗ったのだろうか? ここまで多彩なダンス・ミュージックの要素を打ちだしたのは、メンバーのジェイミーXXがソロ・アルバム『In Colour』を2015年にリリースしたことも、少なからず影響しているだろう。このアルバムは、ベース・ミュージックを中心としたさまざまなダンス・ミュージックが交わる作品だったからだ。そんな作品のカラーが本作にも一要素として受け継がれている。


 一方で、「Performance」などを聴けばわかるように、従来のメランコリックな雰囲気は健在だ。しかし、ロミーとオリヴァーの歌声には、ハッキリと変化が見てとれる。経験と年齢を積み重ねてきたからか、より滋味な響きを放っている。よりエモーショナルかつオープンなのも特徴で、「Say Something Loving」における2人の掛け合いは情熱的と言えるほどだ。感情表現が豊かになり、2人ともヴォーカリストとして一皮剥けたように感じる。
 アルバムの流れも、うまく起伏を作りだしていて素晴らしい。オープニングから「A Violent Noise」まではダンス・ミュージックの要素を前面に出し、「Performance」をブリッジとして、「Replica」以降はメロディー主体の曲が多くなる。その流れが、クラブで一夜を過ごしたときの感覚と被るのも、なんだか面白い。


 かつてHaçiendaのプレジデントDJだったデイヴ・ハスラムは、次のような言葉を残している。


 「今のクラブの音楽は、小さなジャンルに分割され、隔離されてしまっているけど、アシッド・ハウスが出てきたころの最初の数年っていうのは、ダンス・フロアはなにをかけても受けいれてくれていた。(中略)ハウスやテクノが聴けただけじゃなく、ヤングMCの「Know How」みたいなヒップホップのレコードや、ニュー・オーダー、それにイタリアのプロダクション・チームが作ったユーロ・ディスコの曲、なんでも聴けた」(※2)


 愛するクラブ・カルチャーのなかでも、とりわけイギリスのクラブ・シーンを愛してるのは、こうした折衷性と多様性が残っているからだ。この折衷性と多様性には、インディー・ロック・レーベルだったCreation Recordsをレイヴ化させるほどの力があり、そのCreation Recordsは、インディー・ロックとレイヴが融合したクラシック、プライマル・スクリーム『Screamadelica』をリリースした。さらに、1987年から4年間は毎晩Haçiendaにいたというノエル・ギャラガーは(※3)、オアシスのメンバーとして世界を見おろせる高みにまで登りつめた。そしてなにより、Haçiendaから始まった越境的な愛は、不必要な分断をうながす壁があるなら、そこに橋を架けてしまおうというあまりに無鉄砲で理想主義的な、しかし可能性と希望に満ちた精神を教えてくれた。そんなイギリスのポップ・カルチャーが育んだ精神は、本作にも確実に根づいている。ジェイミー、オリヴァー、ロミーの3人は、あの越境的な愛の遺伝子が生みだしたアーティストなのだ。もしかすると、去年12月に豊洲PITでおこなわれた3人のライヴを観た人は、筆者の言うことが肌感覚でわかるかもしれない。あの日の3人は大勢の観客を踊らせ、レイヴしていた。


※1 : マムダンスによるトランス投下のミックスはこちら。1:24:00あたりで流れるベタベタなトランスは何度聴いても爆笑してしまう。 https://soundcloud.com/rinsefm/mumdance040916

※2 : ピーター・フック著『ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側』の281〜282頁から引用。

※3 : NMEの記事『Noel Gallagher: ‘Any fucker can make dance music now’ 』を参照。http://www.nme.com/news/music/noel-gallagher-306-1283074




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近藤 真弥

音楽レヴュー

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