本当にEDMは薄っぺらいのか? ~ Calvin Harris『Funk Wav Bounces Vol.1』~



 EDMは、軽蔑されることが多い。すべての曲がアゲアゲで一面的だとか、中身がない薄っぺらいものばかりといった具合に。それがひどくなると、自分の音楽趣味は高尚だと言いたいがために、EDMを貶しはじめる。EDMのパーティーに集まる人たちを見下し、ある種の優越感に浸る者たち。なんと愚かな行為だろうか。このようにEDMは、一種の踏み絵になってしまっている。


 それにしても、EDMは本当に薄っぺらいのだろうか?筆者はそう思わない。もちろん薄っぺらい曲もたくさんあるが、EDMと呼ばれるすべての曲が薄っぺらいわけじゃない。たとえば、去年DJ活動から退いたアヴィーチーは、「For A Better Day」という曲のMVで、人身売買の問題を訴えた。インタヴューでは戦争に言及するなど、世界情勢に強い関心を持つアヴィーチーだが、そうした意識は音楽にも反映されている。
 また、EDMを代表する曲のひとつ、ショーテック「Booyah」の歌詞は、〈銃をクラブに持ち込むな〉といった一節も登場する平和主義的な内容だし、カイゴの「Fiction」は恋人関係を通して、過去には戻れないことの切なさを歌っている。こうした例だけを見ても、すべてのEDMはアゲアゲだから一面的という主張の粗雑さが浮き彫りになる。


 その粗雑さは、カルヴィン・ハリスの最新アルバム『Funk Wav Bounces Vol.1』によって、より明確になるはずだ。現在のカルヴィンは、ポップ・シーンのトップにいると言っていい。EDM系のフェスだけでなくコーチェラのヘッドライナーも務め、テイラー・スウィフトとの交際~破局といった話題で、ゴシップ誌の常連にもなっている。フォーブスが去年発表した、世界で最も稼ぐDJランキングでも堂々の1位。スーパーで働きながら、マイスペースで手当たり次第に自らの作品を送りつけていた青年は、いまや立派なセレブである。
 そうした恵まれた生活を示すように、本作でのカルヴィンは豪華絢爛なゲスト陣を迎えている。フランク・オーシャン、ミーゴス、ファレル・ウィリアムス、アリアナ・グランデ、ケイティ・ペリー、スクールボーイ・Q、トラヴィス・スコット、スヌープ・ドッグ、ジョン・レジェンド、フューチャーなど、さながらセレブ・パーティーみたいな面子である。
 サウンドのほうも、どこかのサマー・リゾートを想起させるジャケットと同様、心地よくて甘い上品な香りを漂わせるものに仕上がっている。カイゴに通じるトロピカル・ハウスを取り入れるなど、同時代性にも目配せしつつ、ファンクやディスコといった要素も前面に出し、しっとりしたグルーヴやメロディーで私たちを魅了する。硬質なシンセや音圧が強いキックなど、EDMの特徴とされる要素は減退しているが、聴く人を楽しませ、今を生きようと促す快楽主義は健在。このあたりは、カルヴィンなりに自らの立ち位置を意識した結果だろう。オープニングの「Slide」に登場する、〈銀行口座が空になっても構わない〉という一節も、カルヴィンによる本作で歌われるからこそ説得力を持つ。
 おそらく、世界で最も稼ぐDJという称号を手にし、その中で生きることにカルヴィンは否定的じゃない。でなければ、マイスペースで手当たり次第に自らの作品を送りつけるなんてことはしないだろう。このような覚悟とも運命とも言える状況を、カルヴィンは受け入れている。このことが本作からは窺える。


 一方で本作は、その状況に対する批評的視座も見受けられる。「Feels」では〈永遠なんてものは存在しない〉と歌われるなど、先述の快楽主義に水を差すような言葉もある。今の状況は自ら望んだものだが、その状況がもたらす空虚さともカルヴィンは向き合っている。こうした批評性を示すなら、空っぽなセレブ文化なんてクソくらえ!と言えば済むかもしれない。だが、カルヴィンがそれを言ったところで、なにひとつ心に響かない。カルヴィン自身がそのセレブ文化の一部なのだから。それでも、今の状況に対する心情は表現したい。だからこそカルヴィンは、自分の立場をちゃんと受け入れたうえで、「Feels」を作った。そう考えると、「Slide」の〈銀行口座が空になっても構わない〉という一節は、恵まれた生活を示すだけでなく、今の状況に向けられた疑問も込めた、ダブルミーニングな性質を帯びてくる。その状況がなくなったとしても、それはそれでせいせいするといったような。


 本作は、贅沢を極めたカルヴィンが、その贅沢にある哀しさや虚しさを見つめた作品だ。これはトップに登りつめた者だからこそ可能な表現であり、そういう意味ではカルヴィンにしか作れない音楽である。そんな音楽を生み出したEDMが薄っぺらいとは、到底思えない。

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