BoA『WOMAN』


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 先日BoAが公開した“Woman”のMVを観て、『キーワード #BoA 』を思いだす者も少なくなかったはずだ。今年放送されたこの番組は、BoAにとって初のリアリティー・ショー。BoAを敬愛するSHINeeのキーがファン目線から率直な言葉を述べるなど、見どころが多い。なかでも見逃せないのは、BoAが2015年のアルバム『Kiss My Lips』について、キーにどう思う?と訊いたときのやりとり。キーは丁寧に言葉を選びながら、世間が求める女性像を強調しすぎていたということ、さらに“MOTO”(2005年のアルバム『Girls On Top』に収録された曲)の頃が一番好きであると伝えたのだ。この頃のBoAは、男性優位社会に疑問を投げかけた“Girls On Top”が話題になるなど、新たなイメージを構築していた。

 そうした挑戦的な姿が好きだというキーの気持ちに共感する者にとって、“Woman”のMVは賞賛できる内容だろう。このMVでBoAは、キレキレのダンスで私たちを魅了しながら、世間が求める女性らしさにとらわれないことの大切さを歌う。女性らしさに悩んでいた頃の自分に想いを馳せる一節もあるなど、さながらこれまでの歩みを込めたような言葉が並ぶ。そんな歌詞をBoA自ら手がけたというのだから、なんとも感慨深い。“Girls On Top”の歌詞は作詞家(ユ・ヨンジン)に任せたものだったことを考えるとなおさらだ。“Woman”のMVには、『Girls On Top』の頃は文字どおり女の子(Girl)だったBoAが、自分の求める女性(Woman)像を探求できるまでに成長した姿が刻まれている。

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 他にも“Woman”のMVは興味深い点がある。特に目を引いたのは、ビヨンセ“Formation”のMVを連想させるシーンが随所で見られることだ。“Formation”といえば、女性たちを鼓舞する言葉が多い歌詞で知られている。黒人女性として生きるうえで、押しつけられるステレオタイプや不利な仕組みに立ち向かう姿が目に浮かぶ曲だ。もちろんBoAは韓国人であるから、“Woman”と“Formation”のメッセージ性が完全に一致するとは言わない。しかし、社会が要請する女性らしさに惑わされない力強さを見せるところは共通点だ。

 この発見から筆者は、さらに過去へと想いを馳せてしまった。ジャネット・ジャクソンである。多くのアーティストに影響をあたえたジャネットは、1989年のアルバム『Janet Jackson's Rhythm Nation 1814』では人種差別や貧困といった社会問題を取りあげるなど、強いメッセージ性を持つ曲も多い。そんなジャネットに、BoAとビヨンセは影響を受けている。BoAは“Rhythm Nation”にインスパイアされたと公言し、ビヨンセは“Rhythm Nation”のMVの衣装をハロウィンで着用したことがある。このような繋がりを知ると、“Woman”のMVで全身黒ずくめのBoAがダンサーを率いている姿に、“Rhythm Nation”のMVにおけるジャネットを重ねてしまう。ちなみにこの連想は、“Formation”リリース時のビヨンセとジャネットのパターンでも見られたものだ。思わぬところでジャネットの偉大な影響力を垣間見ることができ、嬉しいかぎりである。

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 そうした背景を知ったうえで、BoAの最新アルバム『WOMAN』に耳を傾ける。すると、本作の多彩なサウンドが、ステレオタイプにハマらないBoAの自由さを反映しているように聞こえるから不思議だ。フューチャー・ベースとハウスを自在に行き来する“Like it!”があれば、“Good Love”ではニュー・ジャック・スウィングの香りを漂わせる。EDMやフューチャー・ベース以降のモダンなプロダクションを手際良く取りこみつつ、流行りに迎合しないオリジナリティーも確保しているのだ。それを象徴するのがラストの“습관 (I Want You Back)”だろう。軽快なカッティング・ギターと共に幕を開けるこの曲は、ダイナスティーやミッドナイト・スターといった80'sファンクを想起させる。ジャストに刻まれる揺れのないヘヴィーなキックなど、モダンな要素も顔を覗かせるが、ビルドアップ→ドロップというEDM以降に一般化した展開は見られない。いわば現代の感性を通過した80'sファンクと言うべきサウンドで、過去と現在を見事に組みあわせている。何物にも縛られず、自分が表現したいことを表現するという本作を締めくくるにふさわしい曲だ。

 歌詞も素晴らしい。“Woman”以外は恋模様を描いたものが多く、これ自体はありふれたテーマである。興味深いのは、その恋模様に出てくる「私」が多面的なことだ。たとえば“Encounter”では、先の見えない恋愛関係に飛び込む勇気ある「私」が登場する。一方で“Little More”には、恋人との何気ないひとときのなかで不安を抱える「私」がいる。こうしたさまざまな「私」は、オープニングを飾る“Woman”で強調される「強い私」だって、不安や心配事に悩まされる弱さがあることを示している。いわば「強い私」は完全無欠な存在ではなく、紆余曲折を経て辿りついた境地なのだという物語が、本作には込められているのだ。そして紆余曲折を経ての「強い私」だからこそ、多くの人がコミットしやすい親しみやすさを表すこともできる。そこに見いだせるのは、弱さと向きあえるのも強さであるという温かな励ましだ。



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