音楽はユニヴァーサルな言語である



 今年6月、ジョニー・マーはチャンネル4のインタヴューで、ネット上に蔓延るヘイト思想について次のように語った

「みんなが意見を持てるようになった現在の環境における問題点のひとつは、これまで隠されていたとてもネガティヴで恐ろしい人たちにもその環境があたえられたことだ」

 マーの意見に一理あると感じる者は多いだろう。切実な言葉をネット上に残せば、それを否定しようとする醜悪な輩が大量に押し寄せてくることは珍しくない。その輩が使う手段には、差別、偏見、誹謗中傷といった発信者の心を削る悪辣なものも見られる。そうした現在において、マーのような意見が注目を集めるのは必然だ。

 それでも筆者は、現在の環境に感謝している。目を背けたくなる言葉であふれているのも確かだが、これまで多くの人に届かなかった重要な声も聞こえるようになったからだ。たったひとつのツイートが広く議論され、それに対して著名人たちも反応することがあるのを、私たちは知っているはずだ。タラナ・バークが始めたとされるMeToo運動などはその好例だろう。

 こうしたメリットは音楽にも影響をあたえている。Planet Muを主宰するマイク・パラディナスは、シカゴのローカル・ミュージックであったジューク/フットワークを見つけ、世界中に発信した。クドゥーロの発展と盛りあがりを伝えるポルトガルのレーベルPríncipeも、ネットによって世界中の音楽や文化にアクセスできるようになっていなければ、いまのように大きな注目を集めていたかわからない。他にも、ゴーシャ・ラブチンスキー周辺のケダル・リヴァンスキやブッテクノといったロシアのエレクトロニック・ミュージック、あるいはペトレ・インスピレスクやラドゥーを中心としたルーマニアン・ミニマルなど、例を挙げていけばきりがない。

 この流れをふまえたうえで、いま特に注目しているレーベルが2つある。1つめはウガンダのNyege Nyege Tapesだ。パーティーを主催するコレクティヴから始まったこのレーベルは、東アフリカのアーティストや音楽を積極的に紹介している。LGBTQのコミュニティーからも熱い支持を受けており、今年1月にはRAが特集記事を掲載するなど、その盛りあがりは世界中に広がりつつある。
 そんなNyege Nyege Tapesは、バンバ・パナのファースト・アルバム『Poaa』を発表したばかりだ。タンザニアのアーティストであるパナは、現地の労働者階級が中心となって作られたシンゲリというサウンドシステム・カルチャーから出てきた。シンゲリは、シャンガーン・エレクトロに通じる高速ビートを特徴としているが、それは『Poaa』でも堪能できる。とりわけ耳を引かれるのは“Biti Three”だ。早回しされた音飛びすれすれの音を執拗に反復し、時折シンセベースやパーカッションも飛びだすというこの曲は、端的に言えば狂っている。これが音楽として成立するのか!という衝撃と、でも実際に成立させているセンスの良さにノックアウトされた。銃声のサンプリングは、戦争に晒された歴史があるタンザニアの背景を連想させるが、踊るためだけに作られた享楽的なトラックであることに変わりはない。作品全体としては、クドゥーロ、ガバ、グライムの影響も見いだせたりと、多様性が映える内容だ。前出の特集記事も示すように、Nyege Nyege Tapesはアフリカ音楽だけのレーベルではない。カタログに並ぶのは、世界中の音楽に影響されたアフリカの音楽というべき作品だ。こうしたレーベルの方向性を象徴するという意味でも、『Poaa』は重要作である。



 2つめはロンドンを拠点とするChinabotだ。こちらもアーティストが集まるコレクティヴとしてスタートしたが、2017年に入るとコンピレーションを発表するなど、レーベル業にも力を入れている。主宰のサフィー・ヴォンはカンボジア人の両親を持ち、タイの難民キャンプで生まれた。そうしたバックボーンの影響は、アジアがルーツのアーティストを紹介するというChinabotの方向性にもうかがえる。ラオス、日本、韓国、シンガポールといった国のアーティストが、Chinabotの作品に参加しているのだ。
 とはいえ、カタログを彩るサウンドは実に多様で、アジア音楽だけのレーベルでないことがわかる。たとえば2017年にリリースされたコンピレーション『Phantom Force』を聴いてみると、IDM、ノイズ、インダストリアル・テクノ、ベース・ミュージック、エレクトロ・ファンクなどの曲が収められており、その多彩さに驚くはずだ。インタヴューでヴォンは、ノイズやエクスペリメンタル・ミュージックの閉鎖的なところに疑問を示すなど、寛容さを尊ぶアーティストだ。さらに他のアーティストとの共演にも積極的だったりと、ヴォンは他者と交わることを躊躇しない。この好奇心こそ、Chinabotが注目されている要因だろう。

 Nyege Nyege TapesとChinabotは、それぞれ東アフリカとアジアのアーティストをプッシュしている。西洋中心の音楽シーンに疑問を抱き、明確な思想に基づきここまで活動してきた。見逃せないのは、東アフリカとアジア以外の音楽を軽蔑していないのも、両レーベルの特徴であるということだ。あくまで過剰な西洋中心主義に挑んでいるだけなのだ。むしろこの2つのレーベルは、交わることを面白がり、推奨する。だからこそ排他的でない折衷性を実現させ、西洋以外の文化をアピールすることにも成功している。滑稽なアフリカ中心主義者のトレヴァー(ドラマ『親愛なる白人様』の登場人物)みたいな存在ではないのだ。

 ネットも含めたさまざまなテクノロジーを駆使して、音楽で人々を結びつけている者たちに出逢うと、音楽は国境を越えるという青臭い理想も良いではないかと思える。なにしろ、BTSがアメリカのビルボード・アルバムチャートで1位に輝き、KOHH、tricot、幾何学模様、CHAI、Catarrh Nisinといった日本の音楽も海外から注目を集める時代なのだ。これらの動きは、現在の環境における美点のひとつがもたらしたものだろう。そこに筆者は、ジョニー・マーの憂慮を覆す可能性と希望があるように感じる。



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