ITZY(있지)「IT'z ICY」



 韓国の5人組グループITZY(イッジ)は、今年2月に発表したデビュー曲“Dalla Dalla”で、一気にスターダムへと駆けあがった。賞味期限が短い曲も多いK-POPのなかでも、“Dalla Dalla”のクオリティーは抜群だ。かすかにUKガラージの香りを醸し、ダーティーなベースが耳に残るダンサブルなトラックは、『Settle』期のディスクロージャーやルート94“My Love”を彷彿させる。バブルガム・ポップ的な溌剌さが光るヴォーカルや、突如トラップに変化するというトリッキーな展開も印象的だ。

 セルフ・エンパワーメントな歌詞も良い。これ自体はK-POPによく見られるものだが、“Dalla Dalla”はより挑発的だ。〈私自身を愛してる(I love myself)〉を筆頭に、〈愛なんかに執着しない 世の中にはもっとおもしろいことがいっぱいあるから(사랑 따위에 목매지 않아 세상엔 재밌는 게 더 많아)〉〈あなたの基準に私を合わせようとしないで 私が好き 私は私だから(니 기준에 날 맞추려 하지 마 난 지금 내가 좋아 나는 나야)〉など、どんな自分でもそれを祝福する言葉が並ぶ。そんな“Dalla Dalla”のMVは、本稿執筆時点で1億4000回以上も再生されている。こうした曲が大ヒットを記録するのは嬉しいかぎりだ。

 この勢いを受けて、ファーストEP「IT'z ICY」が発表された。収録曲で特筆すべきは、やはり“ICY”だろう。チープなヴォイス・サンプルやラフなビートは、アーマンド・ヴァン・ヘルデンによるハウス・クラシック“Witch Doktor”を連想させるもので、初聴時は思わず仰け反ってしまった。それでいて、ラップと歌を自在に行き来するヴォーカルはあきらかにヒップホップであり、ビルドアップ→ドロップという構成はEDM以降の定番である。強いて言えば、さまざまな時代が行き交う3分間、といったところか。いくらK-POPがあらゆるジャンルを飲みこむ音楽とはいえ、ここまでカオティックで、楽しい混乱に陥れてくれる曲はそうそうない。

 一方で“CHERRY”は、比較的穏当なポップ・ソングだ。スロウなグルーヴと重低音が際立つベース・ラインはどこかクランクを彷彿させ、そういう意味では懐かしさも感じる。歌メロの明確な起伏が程よい軽さを生み、それがポップ・ソングとしての親しみやすさに繋がっているのも心憎い。まんまクランクではないモダンな音に仕上がっている。
 “IT`z SUMMER”は、随所で8ビットサウンドが飛びだすヒップ・ハウスだ。急激な曲展開はなく、ストイックな4つ打ちによる心地よい中毒性でリスナーを虜にする。ひとつひとつの音が硬質で、低域を強調するプロダクションも際立つところは、マイクQあたりのヴォーグ・ハウス×ベース・ミュージックなサウンドの文脈に位置づけて聴くことも可能だろう。

 歌詞に注目してみると、「IT'z ICY」は“Dalla Dalla”の路線を引き継いでいるのがわかる。たとえば“ICY”は、〈あなたの型に私を嵌める気はない(너의 틀에 날 맞출 맘은 없어)〉〈言われることを気にしないで 私の答えは私が知ってるから大丈夫(Don't care what they say 내 답은 내가 아니까 It's OK)〉など、力強い自己肯定を示したフレーズが多い。そこには“Dalla Dalla”の時よりも自信に溢れ、自分に対する確信を強めたITZYの姿がある。

 それは“CHERRY”も同様だ。出だしの〈純真な天使より悪魔(순진한Angel보단 Devil)〉といったフレーズなど、強烈な言葉が多い。だが、もっとも惹かれた一節を挙げるなら、〈私でさえ私のことをよく知らないのに 枠に嵌めようとしないでくれる?(나조차 나를 잘 모르는데 틀에 날 맞추진 말아줄래 )〉になるだろう。古臭い女らしさのイメージに悩む者はもちろんのこと、性別が定まっていないXジェンダーや、さまざまな国をルーツに持つ者もコミットできる言いまわしだからだ。
 この一節は、自分にはたくさんの要素があるにもかかわらず、ひとつの側面だけを取りあげ、お前は○○だと決めつけることの暴力性に対する批判として機能する。ゲイであるかもしれないのに、社会は女性を好きになるよう強制してくる。あるいは、女性というだけで、周囲は女らしいとされる立ち居振る舞いを求めてくる。そうした抑圧的思考への抵抗が歌われているのだ。

 このような言葉を紡ぐ本作にとって、LGBTQカルチャーの歴史が生んだヴォーグ・ハウスに通じるサウンドを纏うことは、半ば必然だったのかもしれない。




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