奥底にイノセントな情動を孕む歌声 〜 Dillon『Live At Haus Der Beliner Festspiele』〜



 ブラジル出身のアーティスト、ディロン。2011年にファースト・アルバム『This Silence Kills』、そして2014年にはセカンド・アルバム『The Unknown』を発表し、いずれも高い評価を得ている。これらのアルバムはすべて、ドイツのテクノ・シーンで活躍するエレン・エイリアンが主宰のレーベルBPitch Controlからリリースされているが、ディロンの音楽は“テクノ”で括れるほど単純じゃない。確かに、音の抜き差しによって起伏を創出する方法はダンス・ミュージックの影響がうかがえる。だが一方で、ピアノやストリングスの鳴らし方はクラシックの影響を見いだせるものだ。さらに、どこか憂いを帯びた歌声はジェフ・バックリィやニック・ドレイクの影をちらつかせたりと、実に多様な要素がディロンの音楽を形成している。そんなディロンの音楽はエレクトロニック・ミュージックのファンだけでなく、それ以外の層にも受け入れられる高い順応性を持っている。


 こうした順応性をより進化させたのが、ライヴ・アルバム『Live At Haus Der Beliner Festspiele』だ。本作は、ベルリン芸術文化センターでディロンがおこなったパフォーマンスを収録したもの。この日のためにディロンは、『This Silence Kills』『The Unknown』に収められた曲群を編曲しなおし、くわえて総勢16人のコーラス隊を引き連れるなど、かなりの気合いを見せている。
 このライヴ・アルバムを聴いていて興味深かったのは、スタジオ作品以上に歌声を強調しているところだ。もちろん、これまでもディロンの音楽にとって歌声は重要な要素であり続けてきた。しかし本作はその歌声がより前面に出ているミックスを特徴とし、他のディロン作品と比べても明確に“ヴォーカル・アルバム”だと言える。静謐なピアノ、淡々と鳴らされるエレクトロニック・サウンド、さらには荘厳なコーラス隊まで、すべてがディロンの歌声を引き立てる黒子に徹しているのだ。こうした点から考えても、本作最大の売りはディロンの歌声であることに間違いない。滋味あふれながら、奥底にイノセントな情動を孕むその歌声は、雲間から射し込む一筋の光が如く、あなたの心に暖かい気持ちをもたらしてくれるはずだ。


 また、編曲しなおす前より、さらに音数が削られていることも見逃せない。これもディロンの歌声を引き立てるためだと思うが、微細な音の変化だけでグルーヴを生みだそうとするさまは、ディロンなりにミニマル・ミュージックの可能性を追究したようにも感じられる。
 そして、この追究に見えかくれするのが、綿密に計算されたプロダクションだ。音を鳴らすタイミングだけでなく、リヴァーブの時間といったエフェクト面にも神経が行き届いている。いわば本作は、極上の音響空間を楽しむための作品でもある。そういった意味で本作は、先述の歌声も含めて多角的な楽しみ方ができる作品だ。


 このような素晴らしい作品を作りあげてくれたディロンは、来年ニュー・アルバムを発表するらしい。現時点ではほとんど情報がなく、どんな作品になるのかまったく想像できないが、本作の爆発的な創造力を味わうとイヤでも期待してしまう。ちなみにディロンは、その期待を裏切ったことは一度もない。

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