いま、今野雄二を読むということ 『今野雄二映画評論集成』


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 先日、『今野雄二映画評論集成』を読了しました。本書は、4年前の2010年、奇しくも僕の誕生日と同じ日に自死された評論家、今野雄二さんの映画評論集。2011年には、これまで残してきた音楽評論をまとめた『無限の歓喜 今野雄二音楽評論集』、そして今年1月には未発表小説集『恋の記憶』が出版されたりと、ここ数年のあいだに、今野雄二再評価とも言える気運が出来つつある。

 テレビ番組『11PM』で映画紹介をしていた頃は、一部の人に軽佻浮薄な文章スタイルが批判されたりもしていたけれど、母が今野さんのファンだった影響もあり、僕も今野さんの文章に魅せられました(僕が原稿で「筆者」を多用するのも、今野さんへのリスペクトが所以です)。

 今野さんの文章を端的に表すと、優しくて、繊細で、それでも鋭い筆致、といったところでしょうか。それは文字通り唯一無二と言えるもので、ゆえにフォロワーもいなかったけど、今野さんのおかげで映画や音楽をより好きになれたのだけは確か。本書も評論集というよりは、今野雄二というひとりの人間によって残された、ひとつの美しい芸術品だと思います。

 そして、この場を借りて言っておきたいのは、今野さんは確固たる美学と信念を持ちつづけた人であったということ。先述したように、今野さんの文章は流行を追いかけているだけの軽佻浮薄なものと言われがちでしたが、そんな文章に秘められた審美眼と感性は、いま読んでも新たな発見をもたらしてくれるし、そして何より、繰り返し読んでも楽しめるのがすごい。それは安易に迎合しない、いわば少数異端な立ち位置を頑に守ってきたからこそ、可能な芸当でしょう。

 この立ち位置に関しては、本書の編集協力にもクレジットされている、谷川建司さんの解説がもっともなことを書かれているので、以下に一部を引用させていただく。

「一言で言えば、彼は群れを作ることを嫌う人間であり、同業者や宣伝マンなど、試写会の出入り口周辺に集う「映画業界の身内」コミュニティからは距離を置いていた。」((今野雄二『映画評論集成』〈映画評論家としての今野雄二〉 より引用)

 先に書いたテレビ出演、加えて1984年にはベスト・ドレッサー賞を受賞するなど、いわゆる“業界人”のイメージが強い今野さんですが、どうやらそんなイメージとは違うところに、今野さんの本質があるようです。谷川さんも〈映画評論家としての今野雄二〉で書かれているように、『11PM』で公開前の映画を駄作とばっさり切り捨て、さらには本書で読める評論のなかでも、作品の駄目なところは駄目とハッキリ表している。それは不変の姿勢として貫かれ、だからこそ晩年の原稿はどこか孤独で寂しそうな雰囲気を漂わせたりもしていましたが、そこが魅力であったのも確かです。それこそ、谷川さんの言葉を借りれば、「境界線上に立っているイメージ」。

 ちなみに谷川さんは、僕も含め、現在ライターや評論家として活動する人に深く突き刺さる言葉を書いています。もちろんそれは、今野さんの姿勢をふまえての言葉なんですが、すごく印象的なので引用させていただきます。それは、『11PM』で公開前の映画を駄作と切り捨てたというエピソードを語った後に書かれた一節。

 「彼の態度は、だから自分がインサイダーであることを拒絶することに他ならなかった。また、文化人的なアウトサイダーであれば自分がいいと思ったものだけを積極的に紹介するという安全地帯に安住することができるわけだが、彼はそれをもよしとしない態度を、つまり視聴者や何より自分自身のためにも悪いものをハッキリ悪いと言う信念を貫き通していた。(中略)マス・オーディエンスに対して強い影響力を持ちつつ、かつ自身の審美眼に忠実に境界線上の危ういバランスを保とうとする気骨のある評論家など、今の時代には存在し得ないように思えてならない。」(今野雄二『映画評論集成』〈映画評論家としての今野雄二〉 より引用)

 これまで今野さんの文章に触れてこなかった若いライターさんが今野さんを再評価するとすれば、こうした気骨ではないでしょうか? 今は、ライター志望の人たちが集まるワークショップやSNSを介して簡単に群れることができる、言ってみれば“孤高”であることが難しい時代。そんな現況だからこそ、「マス・オーディエンスに対して強い影響力を持ちつつ、かつ自身の審美眼に忠実に境界線上の危ういバランスを保とうとする気骨」が必要なんじゃないかと思います。僕自身、そうした危ういバランスをライターとして書きはじめてからずっと意識してはいるんですが、これがなかなか難しい。とはいえ、“難しい”ですから。決して“不可能”ではないと信じて、これからも精進していこうと思う次第でございます。

 最後に、僕が好きな今野さんの文章についていくばくか。それはデヴィッド・ボウイ『Let's Dance』のライナーなんですが、そこに登場するフレーズが今でも僕の心に深く刻まれている。ちなみそのフレーズは、「デイヴィッド・ボウイは我々の心を乱す、天才的な悪魔だ。」というもの。ライナーも本当に面白いので、興味があればぜひご一読を。

 といったところで、お付き合いありがとうございました。締めの言葉はもちろんこれで。

“今野雄二は我々の心を乱す、天才的な悪魔だ。”




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