Enpress Of『Us』



 エンプレス・オブことローレリー・ロドリゲスのファースト・アルバム『Me』は、いま聴いても驚異的な作品だ。2015年にリリースされたこのアルバムで彼女は、自身に集まる注目をも作品の一部にしてみせた。“How Do You Do It”のMVではツアー中の様子を赤裸々に披露し、アルバムの制作過程もあえて公にしていた。そうすることで、偶像が作りあげられていくことのグロテスクさと、それに伴い主体性が奪われてしまう怖さを表現したのだ。

 表現者自身の体や身の回りの出来事が作品になっているという意味で、『Me』はパフォーマンス・アートに近い方法論で作られたと言えるが、こうしたアプローチは“Standard”のMVでさらに先鋭化した。このMVは、男性のボディービルダーと彼女が主役だ。彼女は男性にネイルをペインティングする一方で、男性は彼女の髪をブラシで梳かすなど、シュールな光景が続くように見える。だがこの構成には、男性が女性の体で遊ぶように、女性も男性の体で遊ぶというフェミニズム的なメッセージ性が込められている。いわゆる男尊女卑を拒否し、従属的でない女性性を彼女は表現するのだ。これもまた、『Me』と名付けられたアルバムにふさわしいMVだった。

 『Me』から約3年、彼女はセカンド・アルバム『Us』を完成させた。NYを拠点にしていた彼女が、前作をリリース後すぐに故郷のLAに戻り、「私(Me)」から「私たち(Us)」に至るという物語はベタといえばベタだ。しかし、そうした変化がもたらす深みと成長こそ本作の肝である。前作はプロデュースも自ら手がけたりと、「私(Me)」をアピールする姿勢が際立っていたが、本作では多くのゲストが迎えられている。たとえばオープニングの“Everything To Me”では、ブラッド・オレンジが繊細なコーラスと歌声を響かせる。プロデューサーも、DJDS、コール M.G.N.、ジム・イー・スタックなど多彩な顔ぶれが並んでいる。「私たち(Us)」に至るまでの道程で得た繋がりを示すように、本作での彼女は多彩な風景を描く。

 多彩になった理由は、彼女も認めるように排他的な移民政策をおこなうトランプ政権の影響が少なからずあるだろう。ホンジュラスからアメリカに移住した両親の元で育った彼女は、移民の子供という視点をたびたび歌にしてきたが、それが本作ではこれまで以上に目立っている。“Trust Me Baby”はホンジュラスの公用語であるスペイン語で歌われ、“Timberlands”では友人と出逢ったときの想いが紡がれるのだ。さらに“I've Got Love”は精神的な問題を抱える友人がテーマだったりと、前作以上に個人的でストレートな言葉選びが際立つ。先行公開された“When I'm With Him”のMVでも、彼女と交流があるコミュニティーの人たちを出演させているように、本作は友情や愛といった繋がりをモチーフにした曲が多い。そこに明確な政治的スローガンはまったくうかがえないが、他者との繋がりがあったからこそ多彩な本作にたどり着いたという物語そのものが、排他的な人々が少なくない世情へのオルタナティヴとして成立する。

 それは音楽面にも反映されている。前作はアグレッシヴなトーンで統一する内容だったが、本作ではバラエティー豊かなサウンドが鳴り響くのだ。“Everything To Me”はフランク・オーシャンに通じる耽美的なR&Bで、トロピカルな音色が特徴の“Just The Same”はダンスホールの要素が前面に出ている。“I Don't Even Smoke Weed”では『Madonna』期のマドンナを彷彿させるエレクトロ・ビートも取りいれたりと、80'sカルチャーが再評価されている現在への目配せも見られる。彼女のヴォーカリゼーションも、高音域を巧みに使いこなす“I've Got Love”から優雅に歌いあげる“Again”まで多彩さを極めており、表現者としての成長を感じさせる。

 言ってしまえば本作は、ローレリー・ロドリゲスという女性の日記みたいなものだ。節々でほとばしる愛や友情といった感情も、個人的な想いから生じている。それでも筆者が惹かれたのは、その感情が排他的な人々が跋扈する現状をふまえたうえでのものだからだ。他者との繋がりを疎かにする者たちがいるからこそ、愛や友情の尊さを等身大の言葉で表現するという力強さ。それが『Us』を魅力的な作品にしている最大の要因なのだ。



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