CHAI『PUNK』



 4人組バンドCHAIのファースト・アルバムにして傑作の『PINK』は、いま聴いてもその多彩なサウンドで筆者を魅了してくれる。けたたましいシンセと性急なグルーヴがチックス・オン・スピードを想起させる“フライド”、ブロンディーの“Heart Of Glass”に通じるメロウなディスコ・サウンドが際立つ“sayonara complex”など、良い歌が多い。ジャンルでいえば、ニュー・ウェイヴ、ヒップホップ、ファンクあたりが真っ先に思い浮かぶが、そうした括りをダイナミックに越えていく多様なポップスとして、彼女たちの音楽は機能する。

 その多様性は歌詞にも表れている。〈かわいいだけのわたしじゃつまらない〉という一節が飛びだす“sayonara complex”など、彼女たちの言葉には自分を好きになることの大切さを訴えるものが多い。しかもそれは、女性も含めたさまざまな人たちに向けられたものだ。だからこそ、彼女たちの音楽は日本国外にも届き、ニック・フルトンが「patriarchy(家父長制)」という言葉を持ちだして語るまでになった。

 そうした歩みを経て作られたのが、セカンド・アルバム『PUNK』だ。タイトルを知ったときは「パンク・サウンドになるのか?」と素朴に思ったが、いざ聴くとストレートなパンク・サウンドではなかった。ESG的なポスト・パンク・サウンドが顔を覗かせることもあれば、肉感的なベース・ラインでグルーヴを牽引するファンク的な瞬間もある。なかでも耳を引いたのは、“THIS IS CHAI”と“GREAT JOB”だ。前者のアグレッシヴなシンセ・ベースはダスティー・キッドあたりのダーティーなテクノを連想させ、GUのGU CHANGEに提供した後者は、ハドーケン!の“Liquid Lives”と重なる音や展開が目立つ。彼女たちには、CSS“Alala”のMVを彷彿させる“ヴィレヴァンの”のMVという前例もあるだけに、やはり2000年代の音楽から多大な影響を受けているのでは?と思ってしまう。

 作品全体としては、ひとつひとつの音が整理されている印象だ。『PINK』よりも各パートがはっきり聞こえるようになり、サウンドスケープも広がりがある。いままで以上に丁寧な音作りをしたのだろう。ドラムを筆頭に音数が増えたようにも感じるが、その丁寧な音作りのおかげでごちゃごちゃしていない。強いて言えば、パッション・ピットの『Gossamer』に近い音像か。これは彼女たちのスキルが進化した証左であり、それこそ“We Are Musician”(『PUNK』の前にリリースされたEP「わがまマニア」の1曲目)なのだろう。彼女たちは、勢いだけのバンドではないということだ。

 一方で歌詞は、変化を恐れないという意味でのパンク精神が際立つ。〈誰の好みも聞く耳はないわ〉(“ファッショニスタ”)や、〈わたしは黙らない!〉(“Feel the BEAT”)など、『PINK』と比較して少々強めの語気が多いのだ。これは国外でもライヴを積極的におこなった結果、よりバンドの音楽や言葉を信じられるようになり、メンバー間の結びつきが強くなったからだろう。そのおかげで、これまでも見られた自己肯定や多様性を尊ぶ姿勢は、さらに強固なものとなっている。そういう意味で『PUNK』は、彼女たちの自信が確信に変わったことを告げる作品と言えるだろう。

 CHAIの音楽は基本的にハッピーだ。ありのままでいることを寿き、紡がれる言葉も前向きなものがほとんどである。しかしそこには、ひとつの矛盾も生じている。自己肯定や多様性を尊ぶ姿勢が顕著なのに、怒りという感情に対する忌避感も見いだせるからだ。もちろん、自分を好きになるのはとても大切なことだが、それを伝えるためにハッピーでいようと努める彼女たちの姿勢は、感情を自由に表現できないという意味での抑圧性に繋がる可能性もあった。
 だが、『PUNK』で彼女たちは、自らの中にある怒りを受け入れたのではないか。歌詞に語気が強めの言葉を盛り込んでいることからも、いままで以上に自己主張しようという意志を見てとれる。これは文字どおり成長だ。少なくとも、感情を抑えつづけたせいで、ダース・ベイダーになってしまったアナキン・スカイウォーカーの歩みをなぞることはないだろう。そう考えると『PUNK』というタイトルも納得である。先述したように、パンクとは変化を恐れない精神性が特徴なのだから。



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