Shygirl「Cruel Practice」



 2年ほど前、サウス・ロンドンのシャイガールによる“Want More”を初めて聴いた時の興奮は今も覚えている。ジュークの影響を多分に感じさせる蹂躙的かつヘヴィーなキック・パターンと、クールで妖しげなシャイガールのヴォーカルが交わるこの曲は、多くのベース・ミュージック・ファンを踊らせた。暴力的なまでに低音を強調するプロダクションは、クラブのサウンドシステムから爆音で鳴らされることを前提にしたものだが、随所で音を巧みに抜き差しする展開は洗練さも感じる。このあたりは、ムラ・マサにリミックスを提供したことでも知られる、セガ・ボデガの優れたプロデュース能力が発揮されたおかげでもあるだろう。

 “Want More”後のシャイガールは、NTSでDJミックスを披露するなどメディアへの露出は少なくないが、リリース・ペースは寡作と言っていい。セガ・ボデガの“CC”やリザの“Take The L”への客演をこなしてはいるものの、オリジナル作品は“Want More”と2017年のシングル「MSRYNVR」だけだ。シャイガールの才能に疑いの余地はないが、才能なき凡人が圧倒的露出度でスターになってしまうのも音楽シーンの哀しい現実である。ここまでスローペースだと、人々に忘れられてしまうのでは?と心配するのも人情というものだ。

 しかし、待望のデビューEP「Cruel Practice」を聴くかぎり、心配は無用だったようだ。全5曲で構成された本作は、これまで以上にアグレッシヴなサウンドが際立つ。耳をつん裂く強烈なベース、呪術的なシャイガールの歌、そして全曲をプロデュースしたセガ・ボデガ(4曲目の“Gush”はディナマルカもクレジットされている)の素晴らしい手腕など、さまざまな要素が重なりあい最良のケミストリーを生みだしている。ざらついた質感の音像はインダストリアルの要素を感じさせつつ、グライムやダブステップを基調にするあたりは、やはりイギリスのアーティストだなと思わせる。
 なかでも耳を惹かれたのは、オープニングを飾る“Rude”だ。サイレンの如くストリングスのサンプリングが響き渡るこの曲は、ビートでダンスホールの要素を取り入れたりと、J・ハスを代表とするアフロスウィングが盛りあがる現在のイギリスに目配せしたようなサウンドである。一瞬でリスナーの心をわし掴みにするその攻撃性は、名刺代わりにしてはあまりにも強大なインパクトを放っている。

 ラストを飾る“Asher Wolfe”も印象的なトラックだ。UKガラージのリズムを刻むローファイな音色のビートと、ゴーストのように漂う8ビットシンセが交わる様は、2000年代のダブステップ・シーンから出てきたブリアルのサウンドを連想させる。
 この点が非常に興味深いのは、ブリアルもシャイガールと同様サウス・ロンドン出身のアーティストだからだ。ダブステップ発祥の地としても有名なサウス・ロンドンでは、ブリアル以降もその流れは途切れなかった。もちろん栄枯盛衰はあったが、これまたサウス・ロンドンから出てきたキング・クルールはダブステップの要素を自身の音楽で滲ませていることからも、影響力のデカさがわかるというものだ。
 こうした背景をふまえると、“Asher Wolfe”はダブステップを生んだ地への敬愛を示す曲に聞こえてくる。



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