Novelist『Novelist Guy』



 サウス・ロンドン出身のノヴェリストは、グライム・シーンの中でも孤高の立ち位置にいるラッパーだ。スケプタ、マムダンス、スポルティング・ライフといった多くのアーティストとコラボして知名度を高めつつ、自主レーベルMMMYEHを設立し、いわゆるメジャーとは距離を置いて活動してきた。
 J・ハスやストームジーが世界的に注目を集めたりと、いまイギリスのラップ・シーンは目まぐるしく変化している。そうした状況をふまえると、ノヴェリストは驚くほど寡作だ。数ヶ月に1作品というリリース間隔のラッパーも珍しくないなか、2014年のシングル「Sniper」で音楽シーンの最前線に飛びだして以降、これまでアルバムどころかミックス・テープも発表していない。時折良質なシングルやコラボを携えて私たちの前にふらっと現れるが、それ以外の目立ったニュースは多くない。その徹底したマイペースぶりは、安易に消費されることを避けているのか?と勘ぐってしまうほどだ。

 そんなノヴェリストが待望のファースト・アルバムを完成させた。『Novelist Guy』と名付けられたそれは、先述のMMMYEHからリリースしている。メジャーも含めた多くのレーベルからリリースしないかと声をかけられたそうだが、聡明な21歳は自身の創造性を最大限に発揮できる環境を選んだようだ。
 さっそく本作に耳を傾けると、そこには成熟したノヴェリストの姿があった。デビュー当初の無鉄砲な勢いが際立つラップ・スタイルではなく、ひとつひとつの言葉を丁寧に紡いでいる。もともと定評のあるストーリーテリング能力が前面に出ており、音よりも言葉重視の内容になっている。ノヴェリストが制作したトラック群も、ヘヴィーな低音が多いところはグライムを出自とするアーティストらしさが見られるものの、基本的にはとてもシンプルだ。特定のスタイルに依拠していないという意味で、単一のジャンルに収まらない自由な音とも言える。少ない音数で多彩な展開を紡ぐところに高いプロダクション能力が感じられ、それを強調するためか、奇抜な音色やエフェクトなどの装飾的要素もほとんど見られない。

 こうした素面なトラックが並んだのは、歌詞の影響が大きいかもしれない。ノヴェリストいわく、歌詞は自身の日常から生まれたものだそうだ。なかでも“Gangster”では、暴力的な環境で育った背景がせきららに語られており、ノヴェリストの人生がもっとも明確に表れている。一方で本作は政治/社会的側面も顔を覗かせる。たとえば、“Man Better Jump”に登場するジェレミーとは、イギリス労働党党首ジェレミー・コービンのことだ。そして、もっとも切実かつ強烈なのは“Stop Killing The Mandem”だろう。人種差別や暴力に対する絶望が滲むこの曲は、2016年7月9日にサウス・ロンドンのブリクストンでおこなわれたBlack Lives Matterの行進が深く関係している。というのも、ノヴェリストはこの行進に、「Stop Killing The Mandem」と書かれたプラカードを持って参加したのだ。

 興味深いのは、この政治/社会的側面が日常の風景に根ざした形で織りこまれていることだ。何かしらの理念や思想に基づく主張というよりは、日々の生活で感じたことを率直に述べている。「個人的なことは政治的なこと(The personal is political)」というのは第2波フェミニズムのスローガンだが、これに通じる視点が本作の歌詞にもうかがえる。ゆえに扇動的ではなく、聞こえの良い紋切り型の言葉を求める者は不満かもしれないが、そんな言葉だからこそリアルな呼気で満ちているように筆者は思う。この点は、ザ・ストリーツことマイク・スキナーが2004年に発表した傑作『A Grand Don't Come For Free』を彷彿させる。

 『Novelist Guy』は、ノヴェリストから見た不条理や暴力に対する物悲しさを漂わせる。こうした内容は、グライムやUKドリルに向けられる偏見と軽蔑の眼差しについて議論されているイギリスのみならず、やりきれない想いに引き裂かれそうなりながらも毎日を生きる、世界中の人々に届く一筋の光を放っている。


※ : いつもはMVをご紹介するんですが、いまのところ『Novelist Guy』からMVは作られていないので、全曲試聴できるSpotifyのリンクを貼っておきます。https://open.spotify.com/album/5Ew9BVsDof0qTT6C6tcAV2


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