Kano『Hoodies All Summer』


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 イギリスのイーストハムで生まれたケイノは、グライムをメインストリームに押しあげた功労者だ。2004年のデビュー・シングル“P's And Q's”をアンダーグラウンド・シーンでヒットさせて以降、現在に至るまで存在感を見せつけてきた。
 グライムをあまり聴かない人でも、ケイノの名前くらいは知っているだろう。2010年のアルバム『Method To The Maadness』にはホット・チップやボーイズ・ノイズをプロデューサーとして招き、デーモン・アルバーンとは何度もコラボレーションするほど仲が良い。ドラマ『トップ・ボーイ』では中心人物のサリーを演じるなど、音楽シーン以外での活動も目立つ。そして2016年には、『Made In The Manor』が全英アルバム・チャートのトップ10にランクイン。もはやヴェテランと言える活動歴を誇るが(といってもまだ34歳)、トップ10入りは初めてだった。ようやくケイノの功績に時代が追いついた、ということかもしれない。

 『Made In The Manor』に続く最新アルバムは、『Hoodies All Summer』と名付けられた。どこか物哀しいストリングスが映える“Free Years Later”を筆頭に、さまざまなサウンドを描いている。Night Slugs周辺に通じるメタリックなテクノ・サウンドの“Good Youtes Walk Amongst Evil”、ゴスペルのスパイスを振りかけた“Trouble”など、同じようなトラックはひとつもない。
 こうした曲群において際立つのは、イギリスの匂いだ。スモーキーなUKガラージの“Got My Brandy, Got My Beats”や、コージョー・ファンズが参加したアフロスウィング・ソング“Pan-Fried”あたりを聴くと、いつも以上にイギリス発のポップ・ミュージックを意識しているのがうかがえる。最近のUKラップには、USヒップホップの潮流に接近するラッパーも少なくないなか、カノはそうした流行りに媚びない道を選んだようだ。

 そうなったのは歌詞の影響もあるだろう。本作でケイノは、イギリスの社会問題を積極的に取りあげている。たとえば、“Trouble”はナイフ・クライムや貧困といった問題がテーマだ。さらにラストの“SYM”では、第二次世界大戦後にカリブ海地域からイギリスに移り住んだウィンドラッシュ世代を引用し、人種差別やそれと戦ってきた人たちにリスペクトを捧げている。
 “SYM”といえば、ジョン・バーンズへの言及も見逃がせない。ジャマイカ生まれのバーンズは、リヴァプールなどでプレーしたフットボール選手で、ニュー・オーダーの“World In Motion”にラップを吹きこんだことでも知られる男だ。そんなバーンズはかつて、エヴァートンとのマージーサイド・ダービーで人種差別を受けた経験がある。“SYM”のテーマだけでなく、イギリス発のポップ・ミュージックを強く意識した本作の内容にも合致する引用に、思わず唸ってしまった。

 『Hoodies All Summer』の視点は、サウンドや歌詞など多くの面でイギリスに根ざしている。だが、それを通してケイノが見つめるものは、イギリスに限らない〝私たち〟の問題でもある。日本にも、貧困や差別が忍び寄っているのは明白なのだから。そんな国に住む1人として、ケイノが示す切実さは深くコミットできる。
 切実さを吐露する一方で、本作には一筋の光もある。グライムの発展に貢献したパイレーツラジオ局、Deja Vu FMがテーマの“Class Of Deja”など、文化やそれに伴う連帯が随所で顔を覗かせるのだ。複雑を極める世情に戸惑いながらも、ケイノは文化や表現の尊さを信じて疑わない。

 この姿を受けて、本作のジャケットに目を移す。子供たちが手を重ねあわせる写真は、ハードな日常に立ち向かおうと誓いあっているようにも見える。そのためにも、ケイノは多くの要素で彩られたサウンドを練りあげ、ウィンドラッシュ・スキャンダル影響がまだ残る現在において、“SYM”のような曲を作ったのではないか。

 紛れもなく本作は、分断や排斥が叫ばれて久しい世界に対する重要なオルタナティヴだ。そんな作品に筆者も、微力ながら手を重ねようと思う。



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