思い悩みながら踊る 〜 Washed Out『Mister Mellow』〜



 ウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーンは、チルウェイヴを代表するアーティストのひとりとして知られている。2010年代前半に隆盛を誇ったこのムーヴメントは、米ジョージア州出身の男を一躍有名にした。もちろん、彼自身はそれを意図していたわけじゃないが、2009年のデビューEP「Life Of Leisure」が同時代性をまとっいたのは確かだ。とりわけ、愛について考えることを促す「Feel It All Around」の歌詞は、当時のアメリカと共振するものだった。
 2009年といえば、バラク・オバマがアメリカの大統領に就任した年でもある。アメリカ史上初の黒人大統領として歓迎されたオバマは、同年10月にノーベル平和賞を受賞した。核なき世界を訴え、国際協調と対話を進める姿勢が評価されてのことだが、このニュースはさまざまな議論を巻き起こした。とはいえ、“チェンジ”という言葉を掲げたオバマの大統領就任は、多くの人にとってポジティヴなものだったのは確かだろう。


 こうした世相の姿を、ウォッシュト・アウトはエスケーピズムという形で表象していた。このように書くと、変に思う方もいろだろうか? だが、ウォッシュト・アウトにおけるエスケーピズムは、彼自身も言うようにネガティヴな意味合いではない(※1)。彼にとってのエスケーピズムは、理想や夢を見ることに喜びを感じる、前向きなものなのだ。このことをふまえると、最悪な世界からの逃避願望を示したのがチルウェイヴという、よく見かける言説は少しばかりズレていることになる。少なくとも、彼の音楽には当てはまらない。むしろ、変化を選んだ人たちの歓喜と共振する喜びこそ、彼にとってのエスケーピズムだ。


 そのエスケーピズムは、Stones Throwから発表された彼の最新アルバム『Mister Mellow』でも見られる。しかし、本作を聴いてすぐさま、これまでのエスケーピズムとは違うことに気づいた。まず耳を引くのは、直接的な歌詞が増えていることだ。たとえば「Zonked」という曲は、アメリカの現在を揶揄したような言葉が並んでいる。他にも、「Floating By」では働きづめのキツさが歌われるなど、私たちにとって身近な題材をたくさん扱っている。
 そして、このような流れを受けてのラスト「Million Miles Away」で彼は、より良い場所を見つける必要があると繰り返す。この曲は、本作中もっとも明確にエスケーピズムを表現しているが、それこそ最悪の世界からの逃避願望という意味合いが強い。皮肉なことに、先述したズレがなくなり、チルウェイヴのイメージと本作での彼が見事に合致している。


 こうした変化は音にも表れている。過去の作品群は静謐なサウンドが印象的だったが、本作はMister Saturday Night周辺に通じる、ラフで肉感的なハウス・ミュージックが前面に出ている。サンプリング主体の音作りが際立ち、踊れる曲が多い。そこにドリーミーな雰囲気を加えるのは彼らしいが、ここまで汗臭さを出したのは初めてだろう。
 同時に、5曲目まではヒップホップの要素が色濃いビートで私たちを楽しませたりと、多彩な音楽性も光る。ハウス・ミュージックの側面にしても、ストリングスが高揚感を生みだす「Hard To Say Goodbye」や、執拗に反復されるピアノ・サウンドが高い中毒性を持つ「Get Lost」など、さまざまな表情を見せてくれる。


 ちなみに本作は、ヴィジュアル・アルバムだ。全曲に映像がついており、CD版にはその映像が収められたDVDが付属している。映像のほうは、コラージュを上手く活かしたサイケデリックな演出が面白い。強いて言えば、致死率0%のヴィジュアル・ドラッグといった感じだ。
 そんなヴィジュアル・ドラッグを眺めながら、彼はどんな想いで本作を作りあげたのか?と、筆者は考えている。彼にしてはメッセージ性が強い歌詞と、それを伝えるための肉感的なダンス・ミュージックは、思い悩みながら踊ることを私たちにうながす。



※1 : iLOUDの記事『Washed Out『Paracosm』インタビュー』(2013年8月2日)を参照。https://futuregroove.jp/iloud/interview/washed_outparacosm/

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