MGMT『Little Dark Age』



 アンドリュー・ヴァンウィンガーデンとベン・ゴールドワッサーによるアメリカのポップ・デュオMGMTは、活動当初から厭世的な態度を隠さなかった。それはファースト・アルバム『Oracular Spectacular』のアート・ワークを見てもわかるだろう。内ジャケに映るふたりが、苦々しい表情を浮かべながら、オイルまみれの紙幣をつまむ姿を覚えている者も多いはずだ。もちろん、そうした態度は音楽にも表れており、オープニングを飾る“Time To Pretend”などは、豪勢なセレブ文化を茶化す言葉が歌われている。

 そうしたふたりが、『Oracular Spectacular』をヒットさせたにも関わらず、スポットライトに囲まれたポップ・スター人生から距離を置こうとしたのは必然だった。全米アルバムチャート2位という商業的成功を収めたセカンド・アルバム『Congratulations』にしても、表題曲では〈俺の幸運なんてクソくらえ〉と歌うなど、自らの立場に批判的な姿勢を表現していた。サウンドも、『Oracular Spectacular』のキャッチーでキラキラとしたエレ・ポップ路線は影を潜め、フォークやサーフ・ロックを軸とした実験的な方向性が際立っていた。ソニック・ブームをプロデューサーに迎え、テレヴィジョン・パーソナリティーズのダン・トレイシーへのオマージュを込めた“Song For Dan Treacy”という曲も作るなど、ふたりのマニアックな志向がアルバム全体に見られる。それでも、“Brian Eno”や“It's Working”などではフックが多い展開を繰りひろげたりと、完全にポップネスがなくなったわけではなかった。

 しかし、サード・アルバムの『MGMT』では、そのポップネスが残滓レベルにまで後退した。サイケデリックなフィーリングを全開にし、ヴァース/コーラス形式といったわかりやすい展開も皆無。“Alien Days”を筆頭に破壊的でノイジーなサウンドがアルバム全体を覆っている。こうした内容は、『Oracular Spectacular』によって作られたイメージを壊そうとしているようにも見え、ふたりは良くも悪くもやりたいことを貫く理想主義者であると私たちに理解させるものでもあった。

 このような遍歴をリアルタイムで追っていた筆者からすると、MGMTの4枚目となる本作『Little Dark Age』は驚かされるものだった。まず耳を惹いたのは、『Oracular Spectacular』期のエレ・ポップ・サウンドに回帰していること。たとえば1曲目の“She Works Out Too Much”は、シンプルで中毒性の高いシンセ・ベースや上品なサックスの響きが際立つポップ・ソングで、前作にはなかった軽快なグルーヴを創出しているのだ。表題曲にしても、ほのかにダークな雰囲気を醸しながらも、ベタな歌メロとキャッチーなシンセ・サウンドが前面に出た良曲だ。アルバム全体もメロディーを重視した音作りと展開が印象的で、リズムも複雑じゃない。もともとふたりは、“Time To Pretend”や“Kids”といったヒット・ソングを生みだすなど、“良い曲”を書ける高いソングライティング能力は持っているが、それをふたたび解放したことに喜ぶファンも多いのではないか。

 一方で、トロピカルなサウンドスケープが印象的なファンク・チューン“TSLAMP”や、TR-808のカウベルみたいな音も聞こえるエレクトロ・ファンク“One Thing Left To Try”など、新たな側面を開拓しようとする向上心も見られる。このように、全体のトーンは『Oracular Spectacular』に通じるエレ・ポップ・サウンドでありながら、細かいディテールでは『Congratulations』以降のさまざまな実験で得た奔放さが顔を覗かせるのも、本作の面白いところだ。そういう意味で本作は、これまでの歩みをふまえたサウンドが鳴り響く、まっとうな進化作といえる。

 正直、最新アルバムのタイトルが『Little Dark Age』と知ったときは、少々不安を抱いてしまった。昨年12月には、N.E.R.D.が『No_One Ever Really Dies』という痛烈なメッセージ性が込められた作品を発表し、ケンドリック・ラマーは第60回グラミー賞で、完璧なパフォーマンスと共に哀しみに満ちた切実な想いを示し、大きな注目を集めた。そうした時代において、“Little”というのは少々ズレた認識ではないかと思ったのだ
 しかしそれは、筆者の杞憂に過ぎなかった。“She Works Out Too Much”で〈楽しみましょう〉と歌われて始まる本作には、多くの困難に見舞われても楽しもうという、彼らなりの切実さが込められているからだ。文字通り“死”がモチーフである”When You Die”など、随所で暗い感情を覗かせながらも、その暗い感情を包みこむのは温かみに満ちた電子音の数々なのだ。そこには、何かと大変な今という時代でも何とか光を灯そうとする誠実さが確かにある。そして、その誠実さをまっとうするために、一度は捨てたポップネスを取り戻そうとする姿に、心が揺さぶられるのだ。



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