劇場版史上最高傑作。そこに込められたメッセージとは 〜 映画『相棒 劇場版Ⅳ 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断』〜



 『相棒』シリーズは、日本のドラマ史が誇る金字塔と言っていいでしょう。単純な話はひとつもなく、視聴者の心に深く突き刺さる重厚な物語を生みだし続けている。
 なかでも僕は、社会派と言われるエピソードが好きです。法のもとではすべての人が公正に裁かれるべきと考え、組織の論理から自由という意味でもリベラルな思想が濃い杉下右京(水谷豊)の危うさを描いた、「暴発」(※1)などがそれです。労働問題を真正面から掘り下げた「ボーダーライン」(※2)も傑作だと思います。柴田貴史(山本浩司)の悲哀を観ていると、いたたまれない気持ちに襲われてしまう。右京が言う柴田貴史の死んだ理由は想像だけども、“死” にもさまざまな想いが込められていると、あらためて気づかされました。「ボーダーライン」には本当に心を揺さぶられまして、仮面ライダーゴーストと戦う柴田貴史(※3)を観て、「仕事見つけられてよかった...」と思ってしまいます。


 また、『相棒』はエンターテイメントとしても優れている。この魅力が顕著に表れているのは、時間軸をバラバラにした「BIRTHDAY」(※4)などですが、僕は「殺してくれとアイツは言った」(※5)のオチが大好きです。タイトル通りといえばそうなんだけど、お口ポカーンとはこのことか!と、リアルタイムで観ていて思いました。「殺してくれとアイツは言った」の脚本は砂本量さんという方で、映画『勝手に死なせて!』(1995)では遺体を奪い合うという突飛な設定を入れたりと、ひねりのある脚本が特徴です。2005年に亡くなってしまいましたが、初期『相棒』を語るうえで欠かせない方でしょう。


 といった具合に、『相棒』シリーズは多角的に楽しめる作品ですが、劇場版ではその面白さがあまり出ていないと感じていました。これまでに劇場版は3つ作られ、3作目『相棒 -劇場版III- 巨大密室! 特命係 絶海の孤島へ』などは、国家論に踏み込む意欲作ではありましたが、そうしたテーマが物語のネタにしかなっていないため、消化不良な印象が否めませんでした。ドラマと映画では表現方法は異なりますが、ドラマでの面白さを映画という枠に上手く落とし込めていなかったと思います。
 ですが、劇場版としては4作目にあたる『相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』は、ドラマでの面白さが出ている。まず本作を観て思ったのは、これまでの劇場版で顕著だった壮大さが少し抑えられ、人間ドラマの比重が大きいということ。先述したように、『相棒』シリーズには社会派という側面があり、なぜ犯行に及んだのか? という犯人の背景を丁寧に描き、そこに社会問題も絡めてきました。しかし、『相棒』シリーズの素晴らしいところは、登場人物のキャラを丹念に作りあげ、それをドラマの中で機能させるという、いわばドラマの土台作りを疎かにしてこなかった点でしょう。だからこそ、そこに社会問題を持ち込んでも、ドラマとしての娯楽性を維持した社会派エンターテイメントとして、『相棒』シリーズは愛されてきた。このような『相棒』シリーズの根幹とも言える部分が、本作にはあります。


 こうした作品に仕上がったのは、太田愛さんが脚本を務めた影響も大きいと思います。太田さんは特撮の脚本を書いたこともあり、さらに小説家としても作品をいくつか上梓したりと、幅広い活動が目立つ方です。そんな太田さんの作風として挙げられるのは、ずばり “人” です。太田さんの作品は、登場人物の背景や感情の機微を細かく描き、それを滲ませる言葉選びも光ります。そういった意味で、太田さんの資質は『相棒』シリーズの特徴と合致するものであり、それが本作では明確に表れている。まわりくどい米沢守(六角精児)の言いまわしや、伊丹憲一(川原和久)の顔芸など、随所で見られる『相棒』ファンに向けたサービスも良いですが、それとは関係なく本作は人間ドラマとして惹かれる作品です。


 そして、時事ネタの取り入れ方も素晴らしい。単なる一要素ではなく、明確なメッセージ性を持つものとして消化されています。本作の根底にあるのは、安保法制に関する議論が盛んな現在の日本でしょう。このことは、主にマーク・リュウ(鹿賀丈史)を通して、日本人であるというだけで攻撃されることの重大さがたびたび強調されること、さらに50万人もの命を狙う犯人の意図からもわかるでしょう。
 昨今の日本は、他国にいる民間NGOの職員や、他国軍の兵士が武装集団に襲われたら助けに行く “駆けつけ警護” も含めた安全保障関連法の議論が盛りあがっています。そのなかで、これまで平和主義を貫いてきた(少なくとも表面上は)日本が、“駆けつけ警護” によって戦闘行為(※6)をするようになれば、日本がテロリストの標的になるのではないかという意見もある。本作は、こうした世情をふまえた物語となっている。ちなみに本作では、犯人の目論見は実現し、多くの日本国民がテロに不安を抱くようになります。日本人であるというだけで攻撃されることを意識する人たちが増えたわけです。犯人の目的は達成されたと言えるでしょう。


 そんな本作を観て、“だからこそ日本も防衛力を高め、積極的にテロと戦うべき!” と感じる人もいるでしょう。しかし、それは本作が望んでいることではないと思います。本作におけるもうひとつのポイントは、日本人であるというだけで攻撃されることを、テロだけでなく戦時中の日本とも重ねるような演出が随所で見られることです。大量の戦闘機が飛んできたり、戦時中の映像を用いるストック・フッテージ(※7)という手法も使われている。本作の終盤、右京は犯行に及んだ理由を犯人に問いただしますが、そこで語られる犯人の言葉から察するに、犯人は日本人であるというだけで攻撃されることの怖さを日本国民に教えたかったのだと思います。テロに対する不安を植えつけたのも、そうした怖さと隣り合わせにならないよう願ったからではないでしょうか。犯人は誰よりも、多くの罪のない命があっけなく消えることの悲しさを知っているからです。
 そう考えると、本作を観て “テロと戦え!” と感じてしまう人は、ちゃんと観ていませんと間抜けな告白をしているようなものです。ここまで書いてきたように、その間抜けさに対する反論の根拠になる演出もあるわけですから。たとえばアメリカでは、銃乱射事件が起きると、「銃があれば助かったのに」というトンデモないことを言いだす人もいますが(※8)、そういう考え方とは真逆の思想が本作にはあると思います。銃乱射事件という悲劇に対し、こういうことがもう起こらないよう銃を規制しようといった感じでしょうか。そういった意味で本作は、過去3作の劇場版と比べて明確なメッセージ性がある作品です。このメッセージ性は、右京と亘(反町隆史)が空を見上げるというラスト・シーンによって、助長されます。あのラスト・シーンは、現在の日本から過去を想うことのメタファーとして機能するからです。もちろんその過去とは、戦時中の日本なのは言うまでもありません。いまの日本で、こうした映画を作りあげた『相棒』製作陣のチャレンジングな姿勢に学ぶことは、たくさんあると思います。




※1 : 『相棒 season9』第6話

※2 : 『相棒 season9』第8話

※3 : 山本浩司さんは、『仮面ライダーゴースト』にイゴール役で出演しており、たびたびゴーストと戦っております。

※4 : 『相棒 season9』第18話

※5 : 『相棒 season2』第6話

※6 : ちなみに稲田防衛相は、「事実行為としての殺傷行為はあったが、憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、武力衝突という言葉を使っている」そうだ。目も当てられない惨状とはこうしたことを言うのだろう。バカげた答弁なのは言うまでもない。朝日新聞の記事『「9条上問題になるから『武力衝突』使う」 稲田防衛相』(2017年2月8日)を参照。http://www.asahi.com/articles/ASK2834BRK28UTFK006.html

※7 : 過去の撮影された映像を素材に使う手法。

※8 : ハフィントンポストの記事『「銃があれば助かったのに」銃乱射事件に全米ライフル協会員が書き込み炎上』(2015年6月20日)を参照。http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/20/nra_n_7626360.html

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