Fatima Al Qadiri『Atlantics (Original Motion Picture Soundtrack)』


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 マティ・ディオプ監督の映画『アトランティックス』は、セネガルの少女アダ(ママ・ビネタ・サネ)と少年スレイマン(イブラヒマ・トラオレ)の数奇な運命を描いた映画だ。霊、搾取、移民などさまざまな要素が盛りこまれた内容は多くの賞賛を浴び、黒人女性監督作品としては初めて第72回カンヌ国際映画祭のグランプリに輝いた。

 もうひとつ、『アトランティックス』には大きなトピックがある。ファティマ・アル・カディリがスコアを手がけたことだ。この組みあわせはマティの勇気あふれる行動によって実現した。ファティマの音楽を愛聴していたマティは、ある日フェイスブックでコンタクトを試み、長いメッセージをしたためたという。その情熱に動かされ、ファティマは引き受けたのだ。
 ファティマといえば、エレクトロニック・ミュージックを通してパーソナルな物語だけでなく、政治/社会性も積極的に打ちだしてきた。たとえば、2016年のアルバム『Brute』では、抗議活動の音をサンプリングするなど、権力の横暴さをサウンドで表現した。それはエレクトロニック・ミュージックのみならず、音楽の在り方を私たちに問い、拡張していくチャレンジ精神が際立つものだった。

 そんなファティマによる『アトランティックス』のスコアは、端的に言って素晴らしい。映画の映像と共振するように、幻想的でミステリアスなサウンドスケープを築いている。シンセを駆使した音色は統一的でありながら、紡がれるフレーズは驚くほど多彩だ。上質なドローンを聴いたときのような、徐々に意識が解体されていく没入感もある。聴けば聴くほど、あれやこれやといくつもの発見があり、そういう意味では中毒性が高い。この音世界に見いだせるのは、ニーノ・ロータやウェンディ・カルロスといった、クラシックの素養を感じさせる映画音楽だ。

 ここ数年、映画/ドラマのスコアではシンセを軸としたものが目立つ。カイル・ディクソン&マイケル・スタインによる『ストレンジャー・シングス』のスコアや、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが担当した『グッド・タイム』のスコアなどがそうだ。興味深いことに、これらの作品は1980年代の映画音楽を彷彿させる。具体的には、『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』や『ターミネーター』など、メロディーのあるSF的シンセ・サウンドと言えるスコアだ。
 しかし本作は、同じシンセでもこの流れとは一線を画す。『アンドロメダ…』『セブンド・アーム』『デスドリーム』といった、1970年代の映画音楽が頭に浮かぶ内容なのだ。『アトランティックス』のスコアは、映画/ドラマ音楽におけるシンセという動きに、新たな潮流を作るきっかけのひとつになるかもしれない。


※ : MVはないみたいなので、Spotifyのリンクを貼っておきます。


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