ポップ・カルチャーという“戦い” 〜Fatima Al Qadiri『Brute』〜


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 理想を語る者は青臭いかもしれないが、変化をもたらせるのは理想を語れる者だけである。

 筆者は最近、ディスクウーマンというDJ集団を熱心に追いかけている。以前に紹介記事を書いたので詳細は省くが、彼女たちが明確な目的を持って活動をしているのは、スミノフ・サウンド・コレクティヴのYouTubeチャンネルにアップされたドキュメンタリーを見ればわかる。

 彼女たちの目的のひとつは、いまだ男性優位なクラブ・カルチャーにおいて女性も活躍できるのを証明すること。活動開始から1年半ほどしか経っていないそうだが、ザ・ブラック・マドンナやニコル・モウダバーといった、いまクラブ・シーンで注目を浴びているDJがドキュメンタリーでコメントしたりと、彼女たちの思想は確実に広がっている。

 また、ディスクウーマンのメンバーのひとりはクィアであることを公言し、さらにドキュメンタリーに登場するメキシコのプロデューサーはフェミニズムの観点からディスクウーマンにコミットするなど、さまざまな立場の人が好意的に捉えているのも印象的だ。この点は、多様性ということを考えるとポジティヴに評価できると思う。特定の層に向けた閉鎖的活動ではなく、できるだけ多くの人を受けいれるオープンな集団、それがディスクウーマンなのだ。クラブというポップ・カルチャーを通して、どこまでその理想を実現できるのか。これからも注目していきたい。

 クウェート出身のアーティスト、ファティマ・アル・カディリが最新アルバム『Brute』を完成させた。前作『Asiatisch』から約2年ぶりとなる本作は、彼女もまた“戦う者”のひとりであることを証明している。本作のテーマはズバリ“権力”だ。抗議活動の映像などからサンプリングし、ヘヴィーで不穏なサウンドスケープを描いている。しかもそのサンプリングネタは、米・ファーガソンで黒人の青年マイケル・ブラウンが白人警官に射殺されたことに抗議するデモの音声や、“ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)”について報じるMSNBCのニュースなど、明確な政治性を感じさせるものばかり。あまりにストレートなネタの使い方は潔さを感じる。

 本作を聴いてまず想起したのは、アントールドのアルバム『Black Light Spiral』だ。このアルバムは、すべてを力づくでなぎ倒していくかのように鳴らされる強烈なベースが印象的で、先述のヘヴィーで不穏なサウンドスケープも共通点だ。しかし本作の場合、ベースだけでなく印象的な旋律も随所で見られ、このあたりがひたすらベースを強調する『Black Light Spiral』とは異なる。音域が幅広いのも本作の特徴で、ファティマ・アル・カディリの巧みな音響構築を味わえる。こうしたひとつひとつの音に対する繊細さは、アントールドにはないものだ。

 ちなみに本作のリリース元は、前作と同様Hyperdubである。Hyperdubといえば、コード9ことスティーヴ・グッドマンが主宰するレーベルとして有名だが、そのグッドマンは哲学で博士号を取っており、2010年には『Sonic Warfare』という本を上梓している。この本は、音が大衆行動の制御にどう利用されるかについて研究したもの。いわば音が人にあたえる影響を考察してるのだが、本作もその影響を利用していると言えなくもない。もちろん大衆行動の制御なんていう物騒なことではなく、その制御によって苦しめられる人たちのために。本作は、自由でいることを許さない者たちへの痛烈な反撃である。

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