808 State『Transmission Suite』


画像1


 イギリスのマンチェスターで結成された808ステイトは、30年以上の活動歴を誇るテクノ・ユニット。UKダンス・ミュージック・シーンのパイオニアである彼らの遍歴を振りかえれば、輝かしい功績を知ることができる。1988年のデビュー・アルバム『Newbuild』では、当時イギリスを席巻していたアシッド・ハウスを鳴らし、多くの後続アーティストに影響をあたえた。なかでも、エイフェックス・ツインは自身が運営していたレーベルRephlexからリイシュー盤を出すことで、『Newbuild』へのリスペクトを明確に示した。

 1989年のセカンド・アルバム『90』も忘れてはいけない。アシッド・ハウス、ヒップホップ、インダストリアルなどさまざま要素で構成された内容は、ダンス・ミュージックの可能性を拡張した傑作と呼ばれるにふさわしいものだ。勢いまかせの粗さも目立つが、それは永遠の瑞々しさという魅力に繋がっている。
 1991年のサード・アルバム『ex:el』では、ポップ・ソング志向を強く打ちだし、ダンス・ミュージックの未知なる領域を突き進んだ。ビョークやバーナード・サムナー(ニュー・オーダー)といったシンガーをゲストに迎え、“Cübik”ではラウドなギターの音色をフィーチャーするなど、ロック色を鮮明にした。いまでこそ、有名ヴォーカリストとダンス・ミュージックの組みあわせは珍しくない。しかし、当時はこのケミストリーを切りひらく者はほぼ皆無だった。そういう意味でも、『ex:el』は刺激と好奇心に満ちた野心作と言える。その野心は多くの人々を惹きつけ、全英アルバムチャート4位という商業面での果実も手にした。

 こうした活動のなかで、彼らは多くのテクノ・クラシックを作りあげた。そこから最高の1曲を挙げるなら、やはり“Pacific State”だろう。1989年にリリースされたこの曲は、全英シングル・チャート10位にまで登りつめたヒット・ソングでもある。デリック・メイなどのデトロイト・テクノと共振する未来的ヴィジョンに、マイルス・デイヴィスの香りもするエキゾティックなサウンドスケープ。そのすべてが筆者を虜にし、捕らえて離さない。Emulator IIというサンプラーのプリセット音源から頂戴した鳥の鳴き声は、頭の中で今も優美に響きわたっている。

 このような歩みに連なる新たな一歩が『Transmission Suite』だ。フル・アルバムとしては、2002年の『Output Transmission』以来17年ぶりとなる。
 オープニングは先行曲にも選ばれた“Tokyo Tokyo”。意識を飛ばすアシッディーなベース・ラインに、駅のアナウンスが乗るエレクトロだ。CPUやKlaksonなど、近年のエレクトロ再評価を牽引するレーベルから出てもおかしくないサウンドに聞こえる。

 “The Ludwig Question”も耳に残った。3拍子を多用する妖しげなリズムは、ジュークやシャンガーン・エレクトロに通じるグルーヴを生みだす。リズム・パターンが非常に多彩な本作のなかでも、とりわけ忙しないビートだ。
 リズムでいえば“Ujala”もおもしろい。ヘヴィーなキックが際立つ4つ打ちに、トライバルなパーカッションが交わる複層的リズムを刻む。曲の終盤で突如エレクトロ・ビートを挟んだりと、遊び心あふれる曲展開にも惹かれた。

 『Transmission Suite』は、実に808ステイトらしいサウンドでいっぱいだ。中毒性の高いヴォイス・サンプル、一瞬で耳を惹きつけるキャッチーなメロディー、矢継ぎ早に変化するバラエティー豊かなビートなど、これまでの作品で味わえる魅力を至るところに見いだせる。テクノ、エレクトロ、アシッド・ハウスといった数多くの要素が細切れにされ、それを再構築したような音楽性も錆ついていない。むしろ深みを増し、タイムレスな魅力を持つまでになっている。



サポートよろしくお願いいたします。