映画『ザ・レセプショニスト』


映画『ザ・レセプショニスト』


 映画『ザ・レセプショニスト』は、ジェニー・ルー監督の長編デビュー作。2016年にゴールデンホース映画祭で初演したのを皮切りに、多くの国々で上映され、いくつかの賞も得た。
 本作が作られたきっかけには、哀しい背景がある。ルー監督の中国人の友人がヒースロー空港で自ら命を絶ったのだ。その後、友人はセックスワーカーとして働いていたことを知り、本作の構想を練ったという。クラウドファンディングでお金を集めるなど、制作資金は潤沢ではなかったが、7年ほどの歳月をかけて完成にこぎつけた。

 本作の舞台は、世界金融危機の影響で不況に陥った2008年のロンドン。多くの人が仕事を得られず、ハードな生活をおくっていた。
 台湾人のティナ(テレサ・デイリー)もその1人だ。大学を卒業したばかりのティナは、ロンドンで職にありつけず困り果てていた。親からの仕送りは途切れ、貯金も底をつく。このままでは、家賃や生活費を工面できない。そんな焦燥感が全身から滲み出ているせいか、手当たり次第に面接を受けても断られるばかり。
 それでも、ようやく仕事を見つける。リリー(ソフィー・ゴプシル)が経営する違法風俗マッサージ店の受付だ。そこで働きはじめたティナは、アンフェアな現実世界の闇に直面する。

 台湾・イギリスの共同制作で、イギリス在住のルー監督も台湾出身だからか、本作は台湾映画の文脈で語られることもある。登場人物たちの日常を丹念に撮り、社会の暗部に迫る手法は、確かに台湾ニューシネマを彷彿させる。
 とはいえ、台湾社会という背景が色濃い台湾ニューシネマと比べたら、本作の社会に対する批評眼はレンジが広い。貧困、差別、性暴力、移民など、劇中で示される問題は国を限定しないものばかりだ。

 それらの問題は、風俗マッサージ店で働くセックスワーカーを通して、私たちに突きつけられる。たとえば、チェン・シャンチー演じるササは、恋人と暮らすためイギリスにきた。しかし、恋人に裏切られたあと、1人で子供を産みシングルマザーとなった。他にも、英語学校に通うマレーシア人のメイ(アマンダ・ファン)、家族の借金を払うために中国からきたアンナ(テン・シュアン)がセックスワーカーとして働いている。
 なかでも、アンナの人生は辛苦という他ない。ある日、風俗マッサージ店が屈強な男たちに襲撃された。悪辣な暴力を前に、ティナやセックスワーカーたちは微力ながらも抗う。だが、抵抗も空しく売上金は奪われ、襲撃犯の1人によってアンナの心も壊されてしまった。この顛末が表すのは、セックスワーカーの女性が常に暴力と隣り合わせの生活を強いられていること、さらにそうした状況にまで追いこまれる人を生みだす歪な社会構造だ。

 その歪さを、ルー監督はリアリスティックに表現する。風俗マッサージ店で働く女性たちは、互いに支えあう。MGMTの“Kids”が流れるシーンの楽しげな雰囲気や、最初は衝突もしたティナとササが絆を深めていく様子など、女性たちのゆるやかな繋がりは随所で見られる。
 そこに、『万引き家族』の亜紀(松岡茉優)と4番さん(池松壮亮)の関係性を連想させる、お客さんとの繋がりを求めるセックスワーカーという甘いファンタジーが入りこむ余地はない。女性がモノ扱いされるという現実があり、とりわけセックスワーカーはそれが顕著であると徹底的に描く。そうした見せ方を選ぶことで、女性にまとわりついて離れない危険な眼差しと暴力を浮き彫りにしている。

 本作は重苦しいシーンが目立つ一方で、たおやかなテムズ川のさざ波をティナとササが楽しんだりと、美しい光景もある。このギャップを上手く活かした物語は、風俗マッサージ店の女性たちを取りまく社会の歪さと、映画を観る観客たちの日常は隣りあわせだと訴えている。


※ : 『ザ・レセプショニスト』には、性暴力被害者にとって厳しいシーンがあると感じました。フラッシュバックの可能性も考慮し、鑑賞を検討したほうがいいと思います。



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