Puma Blue「Blood Loss」



 生々しい傷跡を晒し、華奢な体を震わせながら涙する1人の男が目に浮かぶ。「愛の儚さと、手がかりを見つけようと頭にある思い出をひっくり返していることについて書いてる」という“Midnight Blue”が収められたその作品は、いまにも横溢しそうな哀愁で私たちの心をかきむしる。その哀愁を纏うのは、ドン・バイアスのサックスに影響を受けたスウィートなヴォーカルだ。呼気が聞こえてきそうなほどの親密さを漂わせ、まるで流麗なフィギュアスケーターの滑りみたいに、聴き手の心に入りこむ。

 これは、注目を集めるサウス・ロンドンの音楽シーンの中でも特に言及されることが多い、プーマ・ブルーの最新EP「Blood Loss」を聴いた感想だ。いわゆるUKジャズの文脈でたびたび語られるプーマ・ブルーだが、初めて聴いたときは「ネオ・ソウルやJ・ディラを通過したポスト・パンク」と感じた筆者のようなジャズ素人でも、惹かれるところがある。それほどプーマ・ブルーの音楽は多彩なのだ。

 もちろんこれまで同様、本作でもジャズの要素は軸に据えられている。たとえば、メランコリックな空気を醸す“Lust”に、ビリー・ホリデイの影を見いだす者も少なくないだろう。しかしそれ以上に耳を引いたのは、時折見られるダブステップの幻影だ。なかでも、“Close”におけるピッチをいじったヴォーカルとローファイかつダークなサウンドの組み合わせはおもしろい。いつかコラボしたいと公言するブリアルを想起させるからだ。ブリアルといえば、ダブステップを代表するアーティストのひとり。去年10月に音楽評論家サイモン・レイノルズが熱の込もった論考を寄せるなど、いまも強い影響力を持つ。Resident Advisorが制作した動画でも言及されているように、ブリアルはUKガラージの手法を継承する形で、原形がわからないほどピッチベンドさせたヴォーカルのサンプリングを多用する。そうしたクラブ・カルチャーの文脈が“Close”には息づいているのだ。

 かつてブリアルの音楽に「second-gen trip-hop」なる形容を付したのはTiny Mix Tapesだが、この観点をさらに掘りさげると、本作はトリップホップの領域にも足を踏みいれた作品なのがわかる。トリップホップ(Trip Hop)はその名の通り、ヒップホップ(Hip Hop)の影響が色濃い音楽だ。とはいえ、音楽性はヒップホップで括れるほど単純ではない。そのことはトリップホップの代表格とされるアーティストを聴くだけでも実感できるはずだ。マッシヴ・アタックの“Protection”は、硬質なヒップホップ・ビートのうえにトレイシー・ソーン(エヴリシング・バット・ザ・ガール)の慈しみ溢れる歌声を乗せ、ヒップホップとインディー・ポップの接合に成功した。ポーティスヘッドの“It Could Be Sweet”も、ファットなビートやスクラッチを用いるやり方はもろにヒップホップだが、それに合わせて言葉を紡ぐベス・ギボンズは、エディット・ピアフを彷彿させる繊細な声で歌っている。
 トリップホップのもっとも興味深い点のひとつは、ヒップホップの音楽面に着目し、それをさまざまな形に発展させたことだ。ラップやサンプリングといったヒップホップの典型にとらわれず、表現方法を拡張していったところにトリップホップの功績がある。だからこそマッシヴ・アタックはダブやレゲエにも躊躇なく足を踏みいれるし、ポーティスヘッドはオーケストラと組んだライヴ・アルバム『PNYC』をリリースした。そうすることで絶えず表現を拡張してきたのだ。これらの例からも、トリップホップの本質は勇敢な拡張性というアティチュードにあるのがわかるだろう。

 この拡張性は本作の至るところでうかがえる。それが顕著なのは“Bruise Cruise”だ。一聴すると激しいジャズ・サウンドに思えるが、ひとつひとつの音に注意深く耳を傾けると、違った風景が見えてくる。フリーキーな展開はジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズやポップ・グループを連想させ、ぶっきらぼうにかき鳴らされる乾いたギターはアンディー・ギル(ギャング・オブ・フォー)に通じるなど、ポスト・パンクの文脈が顔を覗かせるのだ。
 1分にも満たない小品“limbo lake”も見逃せない。続く“Midnight Blue”のイントロ的な位置付けだが、妖しげなディレイも飛びだすドローンを展開するその内容は、もはやジャズですらない。こうした奔放な音遊びは、プーマ・ブルーの別名義ルビー・ブリエルス(デルロイ・エドワーズも顔負けのドラッギーなインダストリル・フォーク“Kold Dunes”は飛べるほど素晴らしい)で多々見られるものだったが、ここにきてそれがプーマ・ブルーのほうに侵食してきたのは興味深い。筆者からすると、UKジャズやサウス・ロンドン云々といった軛から逃れるためのステップにも聞こえる。

 プーマ・ブルーの注目度がサウス・ロンドンに限らず、イギリスに範囲を広げてもとりわけ高いのは、イギリスのポップ・ミュージック史が残してきた遺産で構成された音楽を鳴らすからだ。NTSで披露したミックスを聴いてもわかるように、イギリス以外の音楽も愛聴する幅広い耳を持っているが、ブリアルやポーティスヘッドを選曲するなど、やはりイギリスが重要なのは確かだろう。プーマ・ブルーは流行に乗っただけの若者ではない。イギリスの深く長いポップ・ミュージック史に連なる、新世代の表現者なのだ。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

6

近藤 真弥

音楽レヴュー 2

音楽作品のレヴューです
2つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。