もう白馬の王子様はいらない 〜 映画『コロニア』〜



 映画批評などで有名なキャロル・J.クローヴァーは、このような言葉を残している。

「男女同数が死ぬホラーであっても、男はあっさり殺され、女はストレスと苦痛と恐怖にさらされながらじっくり殺される」

 確かに、古典と呼ばれるホラー、あるいはホラーの要素が色濃いスリラー映画を観ると、この指摘は妥当性が高いと思えなくもない。ヒッチコックによる『サイコ』の有名なシャワーシーンはわかりやすい例として挙げられるし、最近では『クリーピー 偽りの隣人』の竹内結子もそうだった。これらの作品には、じわじわとストレスに晒されるか弱い女という、ホラー映画における女性像の典型例が表れていた。こうした典型例には、“男はこうで女はこう”みたいな、旧態依然としたジェンダー・ロールが潜んでいるという指摘には頷けるところも多い。
 このあたりの考察は、キャロル・J.クローヴァーの名著『Men, Women, and Chainsaws』などがとても参考になる。残念にことに邦版は出ていないが、ホラー映画で生き残る女性像(※1)について深い考察がされており、映画をより楽しむためのヒントがたくさん詰まっている。

 そんな『Men, Women, and Chainsaws』を連想させるのが、エマ・ワトソン主演の映画『コロニア』である。
 あらすじはこうだ。時は1973年のチリ。ルフトハンザ航空で客室乗務員として働くレナ(エマ・ワトソン)と、恋人でジャーナリストのダニエル(ダニエル・ブリュール)はある日、軍事クーデターに巻きこまれた。そのなかでダニエルが反体制分子として捕まり、元ナチス党員のパウル・シェーファー(ミカエル・ニクヴィスト)が支配する施設コロニア・ディグニダに連行されてしまう。それを受けてレナが、ダニエルを救うため単身で施設に潜入する...。

 『コロニア』は、ピノチェトが中心となって勃発したチリ・クーデター時の実話をベースにしており、パウル・シェーファーもコロニア・ディグニダも実在する。それゆえ政治色が鮮明に見られ、施設でおこなわれていた拷問や女性差別の描写もある。
 特に興味深いのは、従来のジェンダー・ロールをことごとくぶち壊している点だ。ラヴ・シーンでも積極的にリードするのはレナで、カルト集団に捕まったダニエルを救うために奮闘するときも、レナはおろおろする様子はほとんどなく、先述の“ストレスに晒されるか弱い女”の姿は見られない。むしろ、おろおろするのはダニエルのほうで、恐怖やストレスに晒されることも多い。
 シェーファーに暴行されるシーンでも、レナは反抗心むき出しの目つきを崩さない。泣きわめいてパニックになったり、恐怖に顔を歪めることもしない。その顔はとても力強く、凛々しい。

 こうした従来のジェンダー・ロールからはみ出すような映画は、『A Girl Walks Home Alone At Night』(※2)『フィフス・ウェイヴ』『10 クローバーフィールド・レーン』など、ここ最近増えてきたように感じる。ちなみに、生き別れた弟を救うため姉のキャシーが奮闘する『フィフス・ウェイヴ』に関しては、主演を務めたクロエ・グレース・モレッツが自身の戦いを投影したこんなコメントもある。

「こういう映画がようやく作られるようになったのは、この業界で女性がようやく自分たちの声をあげることができるようになったからだと思う」
「私には4人の兄がいて、いつだって家族の中の“女の子”だった。だから子どもの頃から、“女の子”というステレオタイプと闘ってきた」(※3)

 しかし、『コロニア』におけるエマ・ワトソンは、より徹底的に戦っている。そしてその戦いが反映されたレナの表情や立ち居振る舞いは、もう白馬の王子様なんかいらないといわんばかりの迫力を漂わせる。
 このような迫力を持てるのは、UN Women 親善大使としての活動も少なからず影響してるだろう。He For She キャンペーン発表会で秀逸なスピーチを披露するなど(※4)、課外活動における功績が役者としての成長に繋がっている。しかもその成長は、ノーベル平和賞の受賞者マララ・ユスフザイとも対談したりと(※5)、まだまだ止まりそうにない。
 こうしたエマ・ワトソンの活躍に、価値観や意識を変えられたという者がこれから多く出てくるかもしれない。そんな予感を抱かせる何かが、『コロニア』にはある。




※1 : この女性像は「ファイナル・ガール(Final girl)」と言われることが多い。

※2 : 『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』という邦題で日本でも公開されている。だが、この邦題はあまりにも作品の本質からかけ離れたものだというのが筆者の考えです。ゆえに原稿でも邦題を使うことは避けており、その姿勢を本稿でも貫いたので原題表記とさせていただきました。


※3 : チケットぴあの記事〈『フィフス・ウェイブ』が過去のSFと異なるポイント〉を参照。http://ticket-news.pia.jp/pia/news.do?newsCd=201601040000


※4 : スピーチの様子は国連広報センターのYouTubeアカウントにアップされている。日本語字幕にも対応しているので、ぜひ見てほしい。https://www.youtube.com/watch?v=jQbpLVI6DwE


※5 : ハフィントンポストの記事『エマ・ワトソン、マララさんと対談「自分はフェミニストだと堂々と言える社会を」』を参照。http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/09/malala-yousafzai-tells-emma-watson-we-should-all-be-feminists_n_8517200.html

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