優しく撫でる電子音 〜 Khotin『New Tab』〜
カナダの1080pが2010年代を代表するレーベルのひとつになれたのは、さまざまな層に受け入れられる作品をリリースしてきたからだ。チープで生々しいビートが印象的なハウスや、ノンビートで心地よいサウンドスケープが際立つアンビエントなど、1080pのカタログは多彩を極めているが、それらのほとんどがドリーミーな雰囲気を漂わせているという点はほぼすべての作品に共通する。
このドリーミーな雰囲気は、2010年代前半に隆盛を誇ったチルウェイヴのサウンドと共振するものだった。過剰なリヴァーブが特徴のチルウェイヴは、インディー・ポップを愛聴する者たちに受け入れられたが、その者たちを取り込めたからこそ、1080pは優良なエレクトロニック・ミュージック・レーベルという枠を越えて、多くの人に愛されたのではないか。
1080pは、世界的には知られていないカナダのアーティストをフックアップしつつ、Discwoman(※1)の一員として世界的な注目を集めるアムファングのファースト・アルバムをリリースするなど、カナダ以外のアーティストも取り上げ、飛躍の手助けをしている。面白いものはなんでも取り上げる寛容な姿勢は、多文化国家としても知られるカナダを拠点にするレーベルだからこそ...かは不明だが、この姿勢が音楽シーンをより豊かなものにしたことは間違いない。
カナダはエドモントン出身のホトィンも、1080pのフックアップがキッカケで飛躍したアーティストのひとりだ。ホトィンは2014年、1080pからファースト・アルバム『Hello World』をカセットで発表した。すべての音が柔らかくて、人懐っこく、温かいこのアルバムは、夢ごこちなハウス・ミュージックを鳴らしていた。そのサウンドは大きな反響を呼び、同年Fauxpak Musikによってヴァイナルでリイシューされるまでになった。その後は、シット・ロボット「Is There No End」のリミックスをしたりと、着実に知名度を高め、多くの音楽ファンに愛されてきた。
そんなホトィンが、セカンド・アルバム『New Tab』を発表した。全10曲で構成される本作は、1〜7曲目まではノンビートのアンビエント・トラックが並んでいる。デトロイト・テクノを想起させる叙情的なシンセ・ワークに、ホトィンお得意のヴォイス・サンプルが交わる音像は、聴き手をとろけさせる極上の楽園サウンドを奏でる。ひとつひとつの音が丸味を帯び、五感を優しく撫でてくれる。
8〜10曲目は、全曲ビートが前面に出ている。なかでも惹かれたのは8曲目「Fever Loop」だ。しっとりしたブレイクビーツに乗せて紡がれるシンセ・サウンドは、スエーニョ・ラティーノといった、80年代末から90年代前半のイタロ・ハウスを彷彿させる。そういえば今年3月には、イタロ・ハウスを集めたコンピ『Welcome To Paradise (Italian Dream House 89-93)』がリリースされた。にわかにイタロ・ハウスが再注目されているのか?と感じたが、こうした流れを少なからず意識したのかもしれない。
10曲目「New Window」も特筆したい。静謐なサウンドに心がふわふわする感覚は、エイフェックス・ツイン『Selected Ambient Works 85-92』を聴いてるときみたいで面白い。このあたりは、ホトィンの別名義ウォーターパークでの試みが反映されている。今年4月にウォーターパーク名義でリリースされた「SpeedLine Connect / Sun Runner」と、「New Window」を聴き比べれば、その違いをより明確に実感できるだろう。
※1 : Discwomanについては、以前書いております。ご参考までに是非。https://note.mu/masayakondo/n/nf1080e801fe0
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