TSVI『Inner Worlds』



 ロンドンを拠点とするTSVIの音楽に触れるきっかけは、2014年発表の“Malfunction”だった。マムダンスやロゴスを想起させるフューチャリスティックなグライム・サウンドに、ねちっこいエレクトロ・ファンクのパウダーをまぶしたような作風にノックアウトされた。これ以降、筆者は何度も彼のトラックで踊り狂うことになるが、なかでも印象に残っているのは2016年のシングル「Simple, Straight, Raw」だ。この作品で彼が披露したのは、なんとゲットー・ハウス。ヘヴィーなキックやゴツゴツとした音粒は肉感的なグルーヴを生みだし、フロアに集う者たちを踊らせた。

 そんな彼のデビュー・アルバム『Inner Worlds』を聴きながら、本稿を書いている。端的に言えば期待以上の内容で、筆の進みが遅くなるほど興奮してしまった。グライムやタラーショといった音楽を軸に、ミニマルなダンス・トラックを組み立てるやり方はこれまで通りだが、本作ではそれが深化している。強烈な低音が際立つダンスホール調の“Whirl”などは、これまで彼が残してきた作品に収められてもおかしくないトラックだろう。

 一方で本作は進化も忘れていない。特に驚かされたのは“Safi”だ。ノンビートのトラックに呪術的な女性ヴォーカルが乗るこのトラックで彼は、トランスを鳴らしている。ユーフォリックなシンセは聴き手をどこまでも高ぶらせ、心を飛ばす。クラブのサウンドシステムを通して聴いたときは、思わず雄叫びをあげてしまった(隣にいた友人に怪訝な目つきで見られたことは今も忘れない)。

 アルバム全体に中東音楽の要素が散りばめられているのも進化のひとつだが、この点は本作の背景に関する簡単な説明が必要だろう。イタリア出身のTSVIは、敬虔なヒンドゥー教徒の両親に育てられたという。さらに現在のパートナーとはスーフィズム(イスラム教の神秘主義哲学)を探究しているそうだ。そうした遍歴が本作には反映されており、このことが『Inner Worlds(内的世界)』というタイトルにも繋がっている。

 この背景をふまえると、本作はTSVIという男の複層的なアイデンティティーが反映された、極めてパーソナルな作品と言えるだろう。イタリア、イギリス、ヒンドゥー教、スーフィズムといったさまざまな要素によって構成される多面性は、そのままサウンドの多彩さに繋がっている。そうした本作は、人はたったひとつの考え方ではなく、多くの思想や哲学によって形成される(アマルティア・セン的に言えば「アイデンティティーの複数性」)のだと教えてくれる。


※ : いつもはMVも紹介するのですが、いまのところMVが作られていないようなので、Spotifyのリンクを貼っておきます。


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