Jorja Smith『Lost & Found』



 2012年6月、15歳の少女によるアレックス・クレア“Too Close”のカヴァーがYouTubeにアップされた。イギリスのウォルソールで生まれ育ったその少女は、ラベンダー色のスカーフをまとい、力強くも繊細な歌声を響かせていた。この動画は少女の運命を変えた。音楽業界で働くとあるマネージャーが目をつけ、コンタクトしてきたのだ。そんな幸運を必然とばかりに呼び寄せた才能の持ち主は、ジョルジャ・スミスと呼ばれている。

 現在はサウス・ロンドンを拠点としている彼女は、2016年に発表した“Blue Lights”(※1)で大きな注目を集めた。ローリン・ヒルの『The Miseducation Of Lauryn Hill』を想起させる簡素なビートが印象的なこの曲は、彼女の魅力であるハスキー気味の滋味な歌声を存分に味わえる。特に秀逸なのは歌詞だ。イギリスの社会状況とそれを見つめる自身の感情が入り混じる言葉は、彼女の高いストーリーテリング力を悠然と示している。
 “Blue Lights”以降の彼女は文字通り絶好調だ。ドレイク、ストームジー、カリ・ウチスなど多くのアーティストとコラボレーションを果たし、着実に知名度を高めていった。ケンドリック・ラマーが手がけた『Black Panther : The Album』への参加や、プレディターとのコラボ曲“On My Mind”がドラマ『親愛なる白人様』シーズン2に使われたことも記憶に新しい。

 こうした助走を経てリリースされたのが、待望のデビュー・アルバム『Lost & Found』だ。本作を一聴して思い浮かんだ言葉は、「なんて潔い!」だった。これまでの活動で築いた人脈を活かし、大物ラッパーを呼ぶことも可能なはずだが、そうした客寄せソングはひとつもない。自身のヴォーカルとストーリーテリング力で真っ向勝負している。もちろん、フェミ・コレオソ(エズラ・コレクティヴ)やエド・トーマスといった優れたミュージシャンたちのバックアップはあるが、あくまで彼女の歌声を支える黒子役だ。
 そうして鳴らされるサウンドは、先述の『The Miseducation Of Lauryn Hill』やミッシー・エリオット『Supa Dupa Fly』を連想させるもので、いわゆる90年代後半のヒップホップ/R&Bの要素が色濃い。シンプルなビートに聞こえるが、細かい音の抜き差しで絶妙にグルーヴを操っているという点では、ティンバランドも頭によぎる。
 だが、それは本作の多彩な音楽性の一側面に過ぎない。たとえば“On Your Own”は、2:13あたりで突如展開が大きく変わり、ダンスホールのビートを刻みだす。リヴァーブやディレイの使い方にはダブの要素もハッキリと表れており、この点を見ても本作が90年代へのノスタルジーだけで成立していないことは明白だ。彼女はダンスホールやアフロビートを好んで聴いているそうだが、その影響が“On Your Own”には見いだせる。自身の音楽については複雑じゃないと言うものの、本作のサウンドはあれこれ語りがいがある。

 心の内を率直に紡いだ歌詞も素晴らしい。“Don't Watch Me Cry(私を泣かせないで)”といった平易な言葉が多く、奇を衒うような言いまわしもほとんどない。それゆえ彼女の呼気と想いがまっすぐ伝わってくる。去年9月頃から付き合っているというジョエル・コンパスとの恋も影響してか、愛について歌われたものが目立つのも興味深い。ただ、“Lifeboats”は少々毛色が異なる。トム・ミッシュがプロデュースしたこの曲で彼女は、イギリスの給付制度に対する不満をラップしているのだ。さらに、16歳のときに書かれた“Goodbyes”は、彼女の友人の死が影響しているという。内容も、誰かが逝く前に言葉をかけられなかった罪悪感が見られるもので、哀しみの気持ちを漂わせている。社会問題からパーソナルなことまで、自身のさまざまな想いを綴る言葉は、リスナーの心を射抜く生々しさが際立つ。

 本作で彼女は、低域から高域まで幅広い歌声を披露するだけでなく、音楽的影響源を独自の形で示してくれる。しかもその才能は、大きな伸びしろを残している。最近はマルコムXの伝記に目を通すなど、彼女の好奇心は留まるところを知らない。もはや、ドレイクやケンドリック・ラマーに見いだされたラッキー・シンガーというような枕は必要ないだろう。『Lost & Found』は、ジョルジャ・スミスの聡明な創造力が漲る傑作だ。


※1 : “Blue Lights”については以前ブログで解説しました。興味があればぜひ。https://note.mu/masayakondo/n/n5c92572c08ab


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