The 1975『A Brief Inquiry Into Online Relationships』



 イギリスのマンチェスターで結成された4人組バンド、ザ・1975のことはデビュー当初から追いかけている。たとえば、2012年のセカンドEP「Sex」について筆者は、次のように書いた

〈“彼らはピストルを手にとらなかった。セックスだけで十分だからである。”と、セックス・ピストルズ好きの中年音楽ライターならそう書くかもしれない〉

 あらためて読むと少々むず痒い感覚に襲われてしまう評だが、彼らの曲には欲望や感情を題材にした日常的なものが多く、それはいまも変わらない。

 サウンド面もデビュー当初の感性を深化させながら現在に至っている。2016年のセカンド・アルバム『I Like It When You Sleep, For You Are So Beautiful Yet So Unaware Of It』では、ファンク、R&B、アンビエントなどを取りいれた多彩さがアピールされることもあったが、この折衷性は活動当初から備わっていたものだ。「Sex」EPにはダブステップの要素が滲む“Intro/Set3”が収録され、デビューEP「Facedown」ではインダストリアル・ミュージックやEBMの影をちらつかせていた。

 メンバー全員がミレニアル世代の彼らにとって、さまざまな文化や時代にアクセスできる環境が反映された音楽を作るのは、半ば必然だった。彼らと世代が近いグライムスも語るように、ミレニアル世代はナップスターといった音楽サービスが子どもの頃からあった最初の世代であり、その世代が音楽を作るようになると、あらゆる境界線が曖昧になった。そうした潮流の象徴として、ロック・バンドという枠を越え、あらゆるジャンルを飲みこむポップ・グループへと変貌していったザ・1975の歩みは最適だった。ゆえにセカンド・アルバムでは、全英のみならず全米アルバムチャートでもトップを獲得するなど、時代の寵児となったのだ。

 そんな彼らの最新作『A Brief Inquiry Into Online Relationships』は、頂点の座に安住しない野心的な作品である。音楽性を拡張するやり方は従来どおりだが、アンビエントやドローンの要素を濃くし、立体的な音響を志向しているのは大きな変化だ。それに伴い、モグワイやシガー・ロスといったポスト・ロックの意匠も随所で顔を覗かせたりと、過去の音楽を節操なく参照する姿勢はいままで以上に際立つが、同時にモダンな要素もしっかり織りこんでいる。

 その代表例にふさわしいのは、“TOOTIMETOOTIMETOOTIME”だろう。マッドチェスターを彷彿させる享楽的なピアノ・フレーズが飛びだし、1:30あたりではDX7的な音も聞こえたりと、1980〜90年代の要素が際立つ。しかし、トロピカルな響きを持つサウンドスケープは、それこそトロピカル・ハウスなのだ。いわば過去のサウンドとEDM以降の流れを上手く混ぜ合わせているのだが、この手際があまりに良すぎて驚嘆するしかない。そうしたスキルがあるからこそ、もろにUKガラージのビートを刻む“How To Draw / Petrichor”でも、ポスト・クラシカル風味の静謐な音像をイントロに持ってくるという荒技ができるのだろう。

 彼らの野心は歌詞にも及んでいる。先述したように、これまでの彼ら(というか作詞を手がけるフロントマンのマット・ヒーリー)は日常的な事柄について歌うことが多かった。それは本作でも同じで、ベリンダ・カーライル“Heaven Is A Place On Earth”を連想させるコーラス・ワークが印象的な“It's Not Living(If It's Not With You)”などは、ドラッグのリハビリ施設に通っていたマットの実体験が反映された曲だ

 一方で本作には、彼らの半径5メートル以内に収まらない題材もある。それを象徴するのが“Love It If We Made It”だ。まずは冒頭の〈Selling melanin and then suffocate the black men(メラニンを売り 黒人の息の根を止める)〉という一節。これはおそらく、人種差別的な収奪を暗に示したものだろう。肌の色はメラニン色素の量によって変わるが、そのことを意識したフレーズと思われる。さらにはドナルド・トランプの女性蔑視発言をまんま引用した〈I moved on her like a bitch〉や、そのトランプがカニエ・ウェストに捧げたお礼ツイート〈Thank you Kanye, very cool !〉も引っ張りだすなど、さながらツイッターのタイムラインみたいにさまざまな話題に関する言葉が並んでいる。そうして浮かびあがるのは哀愁や戸惑いだが、〈And I'd love it if we made it Yes, I'd love it if we made it Tell me something I didn't know〉という何かを果たすことの尊さを伝える言葉があったりと、前向きな姿も前面に出ている。インターネットが友だちの男を描いた“The Man Who Married A Robot / Love Theme”など、本作は現代を悲観的にとらえて考察した曲が目立つものの、それでも進まなきゃいけないというポジティヴィティーもうかがえる。そうした本作の志向を象徴するのが“Love It If We Made It”だ。

 本作を評した記事の中には、レディオヘッドが1997年に発表したアルバム『OK Computer』と比較するもある。マットもピッチフォークのインタヴューで『OK Computer』に言及するなど、影響を隠さない。ただ、『OK Computer』との決定的な違いもある。本作には、現代の仕組みを嘆きながらも、絶対に諦めないという泥臭さを見いだせるのだ。忌々しいほどに厭世的な『OK Computer』と比べれば、楽天的な瞬間がいくつもある。そしてそれは、極めて自然なことだろう。燃料税引きあげに反対するフランスの黄色いベスト運動(Mouvement des Gilets jaunes)や、タラナ・バークが始めたとされるMe Too運動など、SNSがひとつの大きなきっかけになり、現実が変わる光景を私たちは何度も目撃しているのだから。そもそも彼ら自身、テクノロジーの恩恵を受け、スターの座にまで登りつめたバンドだ。

 本作は、デジタル・ネイティヴであるミレニアル世代ゆえの悩みを吐露しながらも、一筋の希望を力強く示した2010年代のサウンドトラックである。



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