ドラマ『The Sinner -隠された理由-』シーズン2



 昨年放送されたドラマ『The Sinner』シーズン1は大きな反響を呼びました。大筋は、家族とビーチで遊んでいたコーラ(ジェシカ・ビール)が男をめった刺しにしたのはなぜか?というもので、典型的なミステリーです。刑事のアンブローズ(ビル・プルマン)が謎解きしていく様子を軸にストーリーは展開され、そこから大きく逸脱することはありません。

 そうした『The Sinner』が多くの支持を得たのは、トラウマや痛みが人に深刻な影響をあたえることに着目し、それを丁寧に描いたからでしょう。コーラが男をめった刺しにしたのも、過去の凄惨な出来事によるトラウマが深く関係していますが、そうした関連性を破綻なく紡いだ脚本には感嘆しました。さらにアンブローズも、複雑な生い立ちを持つ男です。ゆえに彼は、SM行為で精神の安定を得るなど、少々エキセントリックな側面があります。ただ、そのような痛みを抱えたアンブローズだからこそ、事件の真相にたどり着けたとも言える。そこにあるのは、弱さや痛みを知る人にしか見えないこともあるというメッセージです。このメッセージを複雑怪奇なミステリーという箱舟に託した『The Sinner』は、視聴者の心を深く抉る鋭い批評性や、細部にまで行きとどいた演出といった秀逸な仕事が光ります。これらの魅力は、第75回ゴールデングローブ賞の作品賞にノミネートされるなど、素晴らしい成果を得ることにも繋がりました。

 その勢いはシーズン2でもとどまるところを知らないようです。本作のストーリーは、13歳の少年ジュリアン(エリシャ・ヘニグ)が、ベス(エレン・アデア)とアダム(アダム・デイヴィッド・トンプソン)を毒殺した事件が軸になっています。ジュリアン、ベス、アダムの3人は、車でナイアガラの滝を目指していました。しかし車が故障したため、3人はモーテルでひと休みします。ところがそこで、ジュリアンがベスとアダムを殺めてしまうのです。この事件に深い闇を嗅ぎとった刑事のヘザー(ナタリー・ポール)は、事件解決のためアンブローズに協力を求めます。最初は半ば興味本位のアンブローズでしたが、謎を追ううちにジュリアンの生い立ちが自分と似たものであるとわかり、深入りしていく。

 ストーリーは前シーズンと同じく痛みやトラウマがテーマですが、本作ではそれが飛躍的に深化しています。前シーズンは痛みやトラウマが人を狂わせると示したのに対し、本作ではその痛みやトラウマが周りの環境によって作られることを雄弁に語っているのです。それを象徴するのは、最終話におけるジュリアンの選択でしょう。モスウッドというコミュニティーで育ったジュリアンは、そこの指導者であるヴェラ(キャリー・クーン)の教えに従って生きてきました。そんな背景がベスとアダムを毒殺する一因にもなるのですが、最終話においてジュリアンは、自らのおこないを省みたうえで、ヴェラと離れることを選択します。この選択に、アンブローズやマリン(ハナー・グロス)との交流など、モスウッド以外の世界や価値観に触れたことも影響しているのは言うまでもありません。選択する前に、ジュリアンが助言を求めたのがアンブローズであることからも、それはわかると思います。ジュリアンは、モスウッド以外の世界や価値観を知ることで、ポジティヴな選択ができたのです。

 痛みやトラウマは周りの環境によって作られると描くなかで、男性性のエゴがフィーチャーされているのも見逃せません。たとえばヴェラは、支配的とも言えるほどの態度でジュリアンに接しますが、そこには彼女が指導者になる前のモスウッドに蔓延っていた女性蔑視の風潮が背景にあります。それを明確に表すものとしては、モスウッドの施設で女性に暴力を振るう大勢の男性に遭遇したヴェラのシーンなどが挙げられるでしょう。こうしたこともあって彼女はモスウッドを変えていきますが、その彼女もまた、変化を進める過程でパターナリズム的な支配欲にとらわれてしまうのは哀しい皮肉です。ただ、それがジュリアンの選択によって少し削がれたように見えるのは、救いかもしれません。

 本作は、ひとつのエゴが多くの痛みやトラウマを連鎖的に生みだしてしまうことを描いています。ヘザーの父親であるジャック(トレイシー・レッツ)とマリンのエピソードも、その連鎖に連なるものでしょう。もし、ジャックが適切な態度でマリンと接していたら、人との繋がりを求めるマリンの人生は良い方向に変わっていたかもしれない。もっと言えば、ジャックが力で強引にマリンを従わせていなければ、マリンがジャックとの関係を利用し、寂しい末路を迎えることもなかったのではないか。こうした“たられば”を意識しながら本作に触れると、全身をぎゅっと締めつけるような感情の洪水に襲われます。人によってそれは、目を背けたくなるものかもしれません。

 とはいえ、この感情の洪水は人と接するうえでの大切なことを教えてくれます。そのうちのひとつは、相手をひとりの人間としてしっかり見つめること。それを示してくれるのは、アンブローズです。彼はジュリアンに助言こそしますが、ヴェラと違って行動を縛らない。ジュリアンがポジティヴな選択をすると信じ、こうしたほうがいいといった旨の言葉を吐きません。この姿勢はヴェラの支配的な態度と対比させるように描かれており、劇中でもアンブローズとヴェラの間で火花を散らすシーンがいくつかあります。このあたりの見せ方は、前シーズンをゴールデングローヴ賞に送りこんだ制作陣の手腕が見事に発揮されているところでしょう。

 本作の登場人物のほとんどは、間違った選択をし、甚大かつ連鎖的な悲劇の一部になってしまいます。最終的には救いもありますが、失敗がもたらした喪失は一生癒えず、そのことに悩まされるでしょう。しかし幸いなことに、私たちはそこから学べる立場です。失敗をゼロにするのは難しいかもしれませんが、失敗を減らしたり、周りの人たちの心を軽くすることくらいはできるでしょう。こうした示唆とそれを実行するためのヒントが込められた本作は、精巧なミステリーの芯地に人生の教訓を忍ばせた傑作です。



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