小西真奈美『Here We Go』



 小西真奈美の「I miss you E.P」を初めて聴いたのは2017年のこと。筆者が抱く小西のイメージは、役者として素晴らしいキャリアを積み重ねてきた人というものだ。KREVA“トランキライザー”のカヴァーでiTunesヒップホップチャート1位を獲得した後も、それは変わらなかった。しかし「I miss you E.P」は、その認識を撤回させるには十分すぎるクオリティーを見せつけてきた。作詞作曲も手がけた小西のウィスパー・ラップは高い中毒性を持ち、感情の機微を突く言葉が多い歌詞も秀逸だ。
 KREVAがプロデュースしたサウンドも素晴らしい。特に“This Is love”は、ヒップホップとイタロ・ハウスが交わったような音で、筆者の琴線に触れるものだった。そこから小西のアーティスト活動を追いかけるようになり、去年12月にリリースされた“君とクリスマス”と“クリスマスプレゼント”も当然耳に入れた。

 小西の音楽に対する興味が高まる一方の筆者は、メジャーデビュー・アルバム『Here We Go』を聴いている。全8曲(初回限定盤は「I miss you E.P」の曲がボーナストラックとして収録されている)が収められた本作は、期待以上の内容だ。小西のウィスパー・ヴォイスは声量で勝負するタイプではないが、さまざまな想いが描かれた歌詞の世界観を上手く表現し、多彩な表情を見せてくれる。これは自身の声質をコントロールする術を知るからこそ可能な芸当だが、このあたりは役者として多くのキャラを演じてきた経験が活かされているように感じる。純粋な技術よりも独自の声質を前面に出すという点では、バーナード・サムナーや早瀬優香子に近いスタイルだ。

 歌詞の言葉選びもおもしろい。たとえば、“振動”に登場する〈痛い痛い痛い痛い痛い この心を癒して今夜〉という一節。このように言葉で見れば〈痛い〉と書かれているのはわかる。しかし歌詞を見ないで聴くと、〈居たい〉のようにも聞こえるのだ。〈居たい居たい居たい居たい居たい この心を癒して今夜〉でも文意としては成立するが、そうした言葉遊びは本作の至るところで見られる。
 多角的に解釈可能な歌詞を紡ぐ小西の作詞能力は高いレベルにある。韻にこだわった言葉を並べるだけなら何とも思わないが、こだわったうえで遊びも挟む余裕をデビュー作で披露するとは、驚きを隠せない。

 KREVAが全面的に関わったサウンドは、「I miss you E.P」以上に多彩な音を鳴らしている。表題曲では重低音を強調するベース・ミュージック的なプロダクションが際立つ一方で、“振動”はファットなキックが4つ打ちを刻むニュー・ディスコなトラックに仕上がるなど、さまざまなタイプのサウンドを楽しめる。なかでも惹かれたのは“最後の花火”だ。先述の“This Is Love”と似た曲調であるこの曲は、『Republic』期のニュー・オーダーを連想させるエレ・ポップ。平易な言葉で、大人として生きることの切なさが滲む心情を描ききった美しい曲だ。

 “最後の花火”以外にも、本作は過剰な装飾とは無縁のストレートな歌が多い。それらはフィクションと小西自身のリアルが入り混じる精巧なドラマにも聞こえるが、そのドラマは聴き手の疲れた心にそっと寄り添い、ささやかな励ましをあたえてくれるだろう。



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