ユートピアという希望から、変化という希望へ 〜 The Chemical Brothersの最新作『No Geography』を通して考える新たな連帯の可能性 〜



 イギリスが誇るダンス・ミュージック・ユニット、ケミカル・ブラザーズの最新アルバム『No Geography』を聴いている。本作を手に取って最初に驚かされたのは、戦車がフィーチャーされたジャケットだ。実はこのジャケ、ゴドレイ&クレームが1977年に発表したアルバム『Consequences』のアートワークからまんま引用している。

 『Consequences』は、強大なハリケーンにより世界各地が壊滅状態に陥り、それを音楽の力で鎮めるというストーリーを描いた、壮大なコンセプト・アルバムだ。そんな作品を引用したと知り、筆者はここ最近のケミカル・ブラザーズの言動に想いを巡らせた。2017年12月6日、彼らの公式ツイッターアカウントが意味深なツイートをした。#brexitのタグと共に、ブレグジットを巡る議論にうんざりと言わんばかりの画像が添えられていたのだ。これは紛れもなく、メンバーのトム・ローランズとエド・サイモンズの総意だろう。特にエドは、国民投票の前にEU残留を願うツイートもしていただけに、切実な想いがあったことは想像に難くない。
 ブレグジット以外でもエドは、主にツイッターの個人アカウントで政治/社会問題に言及することが多い。いま話題の日産がイギリスでのインフィニティ製造中止を決めた際も、短いコメントを寄せている。

 こうした言動は、彼らの背景をふまえると非常に興味深いものだ。ケミカル・ブラザーズといえば、セカンド・サマー・オブ・ラヴの震源地となった伝説のクラブ、ハシエンダに影響を受けたことで知られている。彼らはハシエンダに入り浸り、レイヴやアシッド・ハウスの洗礼を受けた。この縁は、映画『24アワー・パーティ・ピープル』のテーマ・ソング、ニュー・オーダー“Here To Stay”のプロデュースにも繋がっている。

 1980年代後半にイギリスで起こったセカンド・サマー・オブ・ラヴは、富裕層に対する優遇政策でイギリスの庶民を苦しめていたサッチャー政権への反発が背景にあった。だからこそ、このムーヴメントは既存の経済システムを拒絶したのだ。農場や倉庫でフリー・パーティーを繰りひろげ、政治と社会に鞭打ちされた傷をエクスタシーで癒した。言うなれば、逃避という形での反発である。
 だが、政治と社会はそれを容赦なく切り裂いた。社会への悪影響を名目にレイヴ・パーティーを次々と摘発し、クリミナル・ジャスティス・ビルというレイヴを禁止する法案も提出された。この法案が法制化されると、アシッディーな狂騒は文字どおり死んだ。社会に生きる限り、現実から逃れることはできない。徹底的に商業化されたレイヴ・シーンはカウンター・カルチャーとしての求心力を失い、ここではないどこかなんて幻だと、レイヴァーたちは嫌でも理解した。

 『No Geography』は、レイヴァーたちが抱いた失望に対する答えを鳴らしている。それはズバリ、〈ユートピアという希望から、変化という希望へ〉だ。現実から逃れられないのであれば、現実を変えようという力強い姿勢が感じられる。先述したジャケの背景のみならず、自由がテーマという内容も、これまではほとんどうかがえなかった明確なメッセージ性を発しているのだ。

 そう考えると、さまざまな時代を行き来したサウンドも重要な意味を帯びてくる。オービタルの“Chime”を彷彿させるシンセ・サウンドが聞こえる表題曲など、随所でレイヴ・カルチャーへ想いを馳せつつ、NENE(ゆるふわギャング)をゲストに迎えるといったモダンな要素も本作は多い。こうした横断性は、ブレグジットや緊縮政策といった、分断を促す問題に苛まれるイギリスへの反発にも見える。『Consequences』のコンセプトと同様、彼らも音楽の力でバラバラになった人々を繋げようとしているのだ。

 本作を聴き終えた筆者は、モードセレクターの最新作『Who Else』に自然と手を伸ばした。“One United Power”という曲があることからもわかるように、このアルバムも分断が叫ばれる世情において連帯を呼びかけるものだ。実際にモードセレクターも、『Who Else』を制作するうえでダンス・ミュージック・シーンにおけるセクシズムやホモフォビア、さらには極右の台頭の影響があったと述べている。同じくレイヴ・カルチャーの影響下にある者が似たような作品を同じ年にリリースするとは、なんとも興味深い。

 ケミカル・ブラザーズとモードセレクターが示した現実を変えようという姿勢は、近年の若いDJやプロモーターたちの活動とも共振する。男女格差や差別の問題を積極的に語るパーティー集団のディスクウーマンは、女性やセクシュアル・マイノリティー向けのワークショップを開催したりと、社会活動にも熱心に取り組んでいる。マンチェスターに目を向ければ、若いプロモーターたちがホームレス支援団体に協力する動きもある。見つめる問題や背景こそ異なるが、パーティーという非日常空間の場であぐらをかかない能動性は共通している。

 かつては〝逃避〟という形で誰かと繋がった人々はいま、〝戦う〟ことで再び連帯しつつあるのかもしれない。享楽主義の権化と思われがちなファットボーイ・スリムことノーマン・クックですら、ブレグジットに反対するデモに参加し、ビラらしきものを配っている




おまけ

 ここまで読んでくれた方に、筆者が選んだケミカル・ブラザーズ ベスト・トラック20+1のプレゼントです。ライヴで聴けたらなあという曲を中心にセレクトしております。オリジナル曲はもちろんのこと、彼らが手がけたリミックスもいくつか。リミックス・ワークも素晴らしいですからね。+1は、“Temptation / Star Guitar(Live from Brixton Academy)”の音源です。Spotifyにないので、しょうがなくYouTubeに。彼らはツアーごとに“Star Guitar”のアレンジを変えているけど、このテイクがダントツでしょう。


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