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コンピューターの個人化 と Douglas Carl Engelbart (ダグラス・エンゲルバート)を超えて

「コンピューター」の歴史にちょっと触れてみる。

「コンピューター」という言葉からあなたはどのようなイメージを持つだろうか。わずか30年前や40年前においては、研究機関の中にある巨大な計算機・メインフレームを想像したとしてもおかしくはなかった。その後、巨大な計算機は小型化し、職場や家庭において、キーボードとマウスのついた機器として普及する。「コンピューターの個人化」がそこで実現される。もちろんインターネットの爆発的普及を経て、データセンターに延々と並んでいるサーバラックとそれによって構成されるクラウドという形をもって、「巨大な計算機」はそこから復活をするが、同時に、今では、個人化は多様性と結びついて展開しており、誰もがスマホを持つようになり、家庭にAIスピーカーが鎮座するようになっている。そして、まもなく空にはドローンが飛び、地上をUGVが走り回り、多彩なロボットが生活シーンにあふれ、5Gにより後押しされた新しいコンピューターの世界がやってくる。かくもコンピューターの、ITの進化は激しい。
 この変化の歴史の中で、コンピューターが「個人化」した、つまり、パーソナル・コンピューターとなった出来事に注目したい。確かに、ITの進化は激しかったのだが、この「個人化」という出来事が起こらなければ、今の、スマホやAIスピーカーを我々が活用している時代もやってこなかった。

 Douglas Carl Engelbart という人物をご存知だろうか。あまり広く名前が知られている人ではないが、彼がいなければ「個人化されたコンピューター」を活用した今の我々の生活、社会は存在しなかったと言っても過言ではない人物だ。
その類まれなる業績は、コンピューター技術を研究する世界中の研究者やエンジニアに多大な影響を与え、後に続く様々なコンピューター技術の誕生につながっていった。1998年にはACMからコンピューター分野では最高の賞であるチューリング賞を受賞している。
 彼の類まれなる業績とは何か?それは、彼がコンピューターのあり方、コンピューターのネットワークがもたらす可能性を1960年代に既に洞察し、それを形にしていたということだ。
 1960年代といえば、コンピューターというと大型計算機(メインフレーム)が主流であり、今のように個人で用いるPC(パーソナルコンピューター)の概念も形もまったくない時代である。ましてや、そんなコンピューターがネットワークでつながりあうインターネットなんて想像すらできなかった時代だ。
 そんな時代の、今から50年以上前の1968年(この年は、インテルが設立された年でもある)、12月9日にサンフランシスコで開催された国際会議 FJCC(Fall Joint Computer Conference) で、彼は「NLS」というシステムの90分間のデモを1000人程の聴衆の前で行った。これは当時としては極めて画期的な、非常に衝撃的なデモであった。
 今でも” The Demo” と呼ばれ、また “The Mother of All Demos” とも呼ばれるこの Douglas Engelbart 氏のデモは、キーボードとは異なる操作デバイスをキーボードと組み合わせて使い、ワープロを扱い、リンクをクリックしたら他のファイルが閲覧できる仕組みやウィンドウ表示による複数データの閲覧、カメラで撮影した映像とコンピューター画面の合成(スーパーインポーズ)というつまりはマルチメディアも扱い、遠隔拠点とコンピューター画面を共有したバーチャル会議や電子メールを実現したものであった。


 現在我々が日々の仕事や生活で日常的に利用しているパーソナル・コンピューターとそれらを結びつけたネットワーク・コンピューティングの概念、Webや現代的インタフェースの実現につながるハイパーテキストやオフィスソフトにつながっていくアウトラインプロセッサ、マルチウィンドウ、コラボレーションツール、そして直感的操作デバイスたるマウス等、現代のコンピューティング環境の基本となる多くの技術を50年以上も前に考案し、実際に動き、利用することのできるシステムとして聴衆の目の前で披露したのである。
 単なる新型コンピューターの特徴や機能を解説したのではない。このシステムの名称の”NLS”は、オンラインシステム(oN-Line System)の綴りから来ている。高度な教育を受けた専門家でなければ操作することができない、巨大なスタンドアローンの機械が常識だった時代に、ネットワークでオンラインに繋がり合い、人が協働するパーソナル・コンピューターとそのネットワークを誰もが特別な知識も技能も必要とせずに当たり前に使いこなすようになるという、未来の姿そのものを見せたのだ。
 このデモの1000人の聴衆の中に、パーソナル・コンピューターの父と言われる Alan Kay 氏がいた。彼は当事28歳で、ユタ大学の大学院におり、このデモに強いインスピレーションを受け、それが彼自身の偉業へとつながり原点の一つになったとも言われる。
 Alan Kay 氏の有名な言葉に、”The best way to predict future is to invent it.” がある。Douglas Engelbart は、まさにそれをAlan Kayに見せたのだ。

 50年以上も前にこれだけの洞察力のあるアイデアが生まれ、実際に動くものとしてシステムが開発され、複数拠点をつなぎ、いくつものコンピューター画面と操作者の映像を合成して公開デモが実演されたというのは驚嘆すべき話だ。
 言い換えれば、現在までの50年間は、Douglas Engelbartというオリジナリティをもった個人が考案した数々のアイデアが実現され、普及していった時代だったと言える。最初の30年で、巨大なメインフレームから小型で個人化されたパーソナル・コンピューターへと中心は変化した。1998年12月9日に、スタンフォード大学で ”The Demo” の30周年記念シンポジウムが開催された。このシンポジウムは「エンゲルバートの未完の革命 ( Engelbart’s Unfinished Revolution )」というタイトルであった。彼は更なるコンセプトを1960年代に既に提示していた。それは人類の知を結びつけ、共有することをコンピューターで実現することだった。インターネットとWebの普及はまさにそのアイデアの実現過程だった。今や我々はインターネットを通して多くの人とコミュニケーションし、コラボレーションを行うまでになっている。長い間、我々は、Douglas Engelbart 氏の思い描いたビジョンの中を生きてきたのだ。

 21世紀に入り、我々の社会はインターネットの登場と発展で大きく変わった。それも Douglas Engelbart の洞察の範囲内であったが、ここに来て、とうとう彼のビジョンをこえたコンピューターの世界が結実しようとしている。Deep Learningを中心としたAIの進化と、5Gによる IoT Robotics 時代の幕開け。我々の社会がまた大きく変わろうとしている。まったく違った世界が出現しようとしている。

 世の中が変化していく道筋は、大雑把に2つに分けて捉えることができる。
 一つは、環境が変化すること。コンピューターの発展、インターネットの拡大、スマホの普及、AIスピーカーの浸透。我々の身の回りが技術の進展で変化していく。
 もう一つは、我々自身が変化すること。環境の変化に呼応して、我々の知性・特性が強化・増幅され、また今までにない能力が開花し、創造性が発揮され、我々自身のありようも変化していく
 良きにしろ、悪きにしろ、今起きている変容もこれらが多層に複雑に絡み合い、進行している。我々はそれをときに自覚的に、ときに無自覚に経験しているが、近い将来、どのような姿をもって新しい世界がその全貌を現すかについては、よくわかっていない。むしろ、未来はそれらを超克して作っていくべきものだろう。Douglas Carl Engelbart を超えたビジョンを構築するときが来ている。

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