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人生で、いちばん住みたいお店に出会ってしまった。


旅先で見つけて「せっかくだから」と立ち寄ったお店。予期せぬ出会いは油断ならない。なにせ、こちらは過度な期待をしていないのだ。それだけに、期待を越えてきた時のインパクトがすごい。

「ここにずっといたい、いや住みたい……」


あまりにもここちよい場所に出会うと「また訪れたい」という気持ちをこえて「住みたい」とさえ思ってしまう。ドキドキして、頭の中は興奮状態となり、お店の中をじっくり見てまわる。少しすると落ち着きを取り戻して「ここに住みたい……」という感情が湧いてくる。それから店主に声をかけ、話を聞くのがよくあるパターンだ。

大分県日田市にある「鹿鳴庵(ろくめいあん)」は、人生でいちばん住みたくなるお店だった。

鹿鳴庵は、日田に伝わる陶器「小鹿田焼」を取り扱うお店だ。建物は、かやぶき屋根の日本家屋で築155年の歴史を持つ。併設されている小さな茶房では、季節の食材を使ったランチや和菓子をいただくことができる。周りには、数件の民家と田んぼと山道しかない。

どうして「ここちよい」と感じたのだろう。

はじめてお訪れた時から、ずっと考えていた。

自然と調和が取れてるから……
器のセレクトが好みだから……
ごはんが美味しいから……

考えてみても感じたままの答えしか浮かばない。それはそれで、理由のいくつかではあるだろうけれど、似たように感じるお店は他にもある。「理由は分からないけど、なぜか好き。」という気持ちになることはないだろうか?そんな気持ちに似ている。他と何かが違うことは分かる。でも、それが何なのかは分からない。

それを確かめたくて、店主の佐藤さんに話を聞いてみることにした。佐藤さんは、もうすぐ60歳。情熱にあふれ、歳の差を気にすることなくなんでも話してくれる人生の大先輩だ。予定していた1時間は、気がつくと3時間をこえていた。

聞けば「ずっとここにいたい」というようなことを口にする来店者は多いという。それを聞いて嬉しくなった。やっぱりみんな同じような気持ちになるのだ。

「人間に共通することを掴んで、それを表現しないと、いいものは作れないんだよ」

話はじめるとすぐに、こんなことを教えてくれた。例えば、お店を作る時。売上や利益の計画を立てることは、誰もが考えることだ。けれど、それではダメだという。「お金は大事。でも、売れればいいという考えではダメなんだよ。社会奉仕のようにみんなが共感するものがないといけない。」

人間に共通すること。みんなが共感すること。それを見つけることは、簡単なようで難しいんじゃないだろうか。「ここちよさ」の原点がそこにあるのだとしたら、考えにいたった理由を知りたくなる。

答えを見つけて真似をすることは簡単なことだ。今は、スマホから誰でも答えにたどり着くことが出来る。けれど、答えまでの順番を理解していなければ、自分のアイデアを加えて広げていくことは難しい。だから、「なぜ、そう考えられたんですか?」と質問をくりかえしていた。(今思えば、よく丁寧に答えていただけたと思う……。)

鹿鳴庵の場合は「場所」が原点だった。日に車が1台しか通らないような山奥。そこでお店をはじめようと決めた時、ただ商品を並べ、ただ売るだけでは足を運んでもらえないことは分かっていた。

だから、「売ること」以外の価値を求めて、人間が普遍的に感じることはなんなのかを調べはじめた。地域や小鹿田焼のこと、民藝やお茶、禅や般若心経など、人の心に残る文化を学び、学ぶだけではなく体験することで、何かを掴みたいと動いていた。

そうして何年かした後に、佐藤さんがたどり着いた結論は、

「やさしさ」と「なつかしさ」

だった。

ある一つものだけではない。目に映るものだけでもない。からだ全体、五感で感じ取れる全てのことに「やさしさ」と「なつかしさ」が感じられるように配慮すること。

例えば、店内の色彩や料理の器、照明や自然光の取り入れ方には、ぬくもりを感じる「やさしさ」がある。お店までの通路や植物、家具には祖父母の家を訪れたかのような「なつかしさ」が感じられる。それ以外にも、お店のあらゆる場所やものにも同様の視点が取り入れられている。

「お客さんがこないからこそ、こだわったほうがいい。」

そんな鹿鳴庵も、お店をはじめた頃は、食べていくこともままならなかったという。ある日、奥さんから言われた「お客さんがこないからこそ、もっとこだわった方がいい。」という一言が「質」について見直すきっかけになった。

売上がないからという理由で料理の質を落とさない。逆に利益が下がっても、もっとよいものを作る。それが、いつか訪れるお客さま一人一人の心に残るきっかけになる。そう考えて、食材をこれまでよりももっとこだわることにした。

その話を聞きながら、「そう言えば……」と、おはぎのことを思い出していた。買い物をすませ、茶房でいただいたおはぎだ。口に入れた瞬間のきなこの風味、もち米とあんこのバランス。何度も口にしているはずのおはぎとは異なる、別格な味わいだった。

あのおはぎにしても、よい食材と心に残る味を求めた結果なのだと知った。

食材にこだわりだしてから、お客さんの数が増えていったという。一人一人を想って工夫してきた料理が心に残り、人から人へと評判が広がっていったことは容易に想像できた。

「やさしさ」と「なつかしさ」を軸に、訪れる一人一人のことを思い、準備に最善を尽くすことが「ここちよさ」につながっている。

時代の流れもあり、日田市内のお店の客足が減少する中で鹿鳴庵の客足は伸びているという。そのことは「ここちよい」場づくりが、これからますます大切になっていくことをあらわしているような気がしている。

あなたの「ここちよい」場所はどこですか?
ぜひ教えてください。

鹿鳴庵(ろくめいあん)
住 所: 大分県日田市殿町3906
営業日:不定休(土・日・祭日はランチの日)
電 話:080-8552-9687
サイト:https://www.rokumeian.com/

※ この記事は GO FIGHT CLUB の課題として書いたものです。

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