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続・撮りたい人について書く

なぜだか最近
「撮ってほしい」というDMをたくさん頂く。
前からDMは来ていたが、
最近はなんだかすごい数が来る。
モテていると勘違いして婚期がどんどん遅れるのでやめてほしい。

少しエグい話になるが、
自分にメリットがなければ撮らない。

仕事が絡んでいるわけではない、
お金を払うわけでもない、
撮ってもらった人だけにメリットがある、
そんな状況で
「よし撮ろう」となるほど僕はいい人ではないし、
女の子の写真をたくさん撮りたいモチベーション野郎でもない。

「激写されよう」という期間限定のイベントをたまにやっているが、
これで来てくれればいいのだけど、、

でもそんな中でも、
たまに「よし撮ろう」となることがある。
今日はそれについて書く。

そもそも僕はモデルにフックアップされてきた。
「にょみちゃんを撮っている人」
「ゆふちゃんを撮っている人」
「さちかちゃんの写真で知った」
という具合だ。

僕自身は大したことないのだが、
モデルが素晴らしい(または素晴らしくなっていった)から
僕も素晴らしく見えているだけだ。

だから僕にとっては「誰を撮るのか」ということはとても大切なことで、
最終的にそれが自分に還ってくる。

とはいえフォロワーが多いとか、そういうのは本当にどうでもよくて、
前にnoteで書いたこともあるし、
あとはどういう人を選ぶかは言葉で表しにくい。

例えば、
くりくりぴ(菜波)を最初に見つけたときは撮影ほぼ未経験の女子高生だったし、
由布美人はフォロワー何千人のサロンモデルにすぎなかったし、
ひよぴ(凛里子)は仲居さんだった。

もう何年も撮っているが、
初対面で「これはヤバい」と思わなければこんなに撮らない。

「このモデルは僕ごときではなく、例えば僕が唯一写真を教えてもらった鈴木親さんや、
ヨーガン-テラーとか、
世界的に超ヤバい写真家に撮ってもらうべきヤツだ」
と思うからこんなに撮り続けている。

実際に名が売れだしても、
実力だけではなく、関係性があるから撮らせてもらえる。
それは他の人にはできない。
僕がモデルにフックアップされているというのは、そういうことだ。

写真を撮る、というのはとても難しくて、
ほとんどが無駄に終わる。
例えばデジタルで1000枚撮ったら980枚くらいは使わないし、
厳選された20枚も
すごく良いかといったら、分からない。

フィルムも5本現像に出したら、
1本分くらいは余裕で無駄になる。
もちろん無駄に飛びついているわけではないが、
ほとんどが無駄になるということを受け入れて撮る必要があると思う。

その中で、2.3年に1枚くらいは
ちょっと泣きそうになる写真が撮れたりする。
言語化するとこういうことなんだろうけど、
きっと写真が好きな人は
無意識にこの魅力にハマってしまったんだと思う。


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