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浦シマかぐや花咲か 第3話

時間旅行

高くそびえる日東テレビ本社ビル。スタジオでは党首討論会が終わった。

「総理、どこへ行くのですか……」

「ちょっと、国民的人気歌手への表敬訪問」

シマは二枚目の秘書・家具屋弘人にウインクする。

「ホント勝手な行動をして、政治の世界は敵が多いのに困った方だ。まあ、私利私欲がないところが総理のいいところなんだけど……」

党首討論会が終わり、テレビ局のディレクターとアシスタントが会話をしている。

「浦総理降ろしもひと段落だな、今日の野党の攻めも全然迫力がない」

「ワンポイントの短期政権のはずが、もう1年か……」

シマは半年前、与党・民自党長老たちの策略で汚職の嫌疑をかけられ退陣寸前まで追い込まれ、自殺すら考えていた。

「汚職事件の噂も消え、アメリカとの関係はなぜかかなり良好。長期政権もあるかもよ。なんか誰かに操られているような……」

二人の政治談議は続いていた。

コンコン、シマは小早川さくらの控室をノックした。

「お久しぶり、エヘッ」

「浦総理……」

突然の総理大臣の登場に驚くさくら。

「おじゃまします、本当に涼子にそっくり」

「これ読んだよ」

バッグから便箋を出す。

手紙には

……ずっとあなたを見守り、応援してます。
前田 武

と書かれていた。

「前田武、菊池一等兵の婚約者、つまりあなたの実の父親、特攻で亡くなったはずだった……」

シマは静かに煙草に火をともす。

「調査の結果どうでした……」

さくらは尋ねる。

「わたしの力で、あらゆる機関を使って調査したが、やはり亡くなっている」

「なぜ……私は産まれて間もなく、私の母菊池の祖父と祖母に育てられました。昔から歌が好きで……祖父と祖母も数年前に亡くなり、私も今は天涯孤独の身です」

「私があなたのお母さんをよく知っている。8月6日のあの日、本当にすまないことをした……本来ならわたしが先に逝くべきだった。罪滅ぼしと言ったらなんだが……本当にいいのか……行くのか……戻れないかもしれないんだぞ」

「はい、結構です。この謎を確かめてみたい……」

「その覚悟が確かなら……屋上で待っている」

「テレビ局の……」

風が舞うテレビ局の屋上、夜空に星が煌めいている。シマは夜空を見上げ煙草を吹かしていた。シマと小早川さくら、そして秘書の家具屋の3人が立っていた。

「シマさん、注文の品を持ってきましたよ」

大きいなリュックを下げ手には黒いケースを持ったアツシがやってきた。アツシは剥げ上がった頭を隠すためチェックのハンチング帽をかぶっている。

鈴木アツシ(43歳)、戦後日本を代表する自動車会社を一代で築きあげた。豊日自動車の社長だったが、先日、後進に社長職を譲り、自らは会長職に退いていた。

「おい、TENCHI。隠れてないで出てこい」

ビビビビ

突如、空間に海亀型ロボットのTENCHIが現れた。屋上床から1メートルぐらい浮いている。

「キャッ! これなんなの」

初めて見るTENCHIに、さくらは驚きを隠せない。シマはTENCHIを見た時のさくらの表情が、母涼子とそっくりなのを思い出し微笑んだ。

「お望みのメンバーを揃えたぞ、この3人で行く」

「ありがとうございます」

シマの言葉にTENCHIは丸い目を赤く光らせながら応える。

「これから、1945年8月11日あなた達の希望する某所に行きます。くれぐれも勝手な行動は慎んでください」

「お前の本来の目的は終戦間際だったんだな。間違って8月6日の広島に落ちてきて……TENCHI、未来の指令者からもOKが出たのか……」

「ノーコメントです。何回も言うようですが、私の指図と違った行動を取ればわたしも消滅しますが、あなた方も消滅します、歴史からも……」

TENCHIは赤い目を点滅させる。

「分かったよ、お前の言うとおりにするよ」

「わたしもアツシも一度死んだ身、後悔はない。さくらさんも同意して一緒に行ってくれる」

「わたしも先日、社長職を退いた。豊日自動車は、これからの時代を担う若手社員に全て任せる。自動車産業もこれからは、低公害自動車から、ガソリンを使わない車、衝突を防ぐ安全な車といろいろ出てくるだろう。わたしは今の世の中でやるべき事はすべてやった悔いはない……」

「それじゃ、TENCHI、さくらさん、行く前にちょっと着替えてくるな。アツシ頼む」

屋上の階段の陰でシマとアツシは着替える。

「ちょっと、スカート短くないか」

「戦時中と同じですよ。シマさん、それとトレードマークの海軍の船形帽ギャリソンキャップもかぶってください」

「私は、ブカブカですが……」

シマとアツシは日本海軍の軍服に着替えている。アツシは屈み、黒いケースから2体の透明のボディスーツ『特別強化戦闘服甲号』を取り出しガスを入れる。

「さすがシマさんの作品。戦前の設計なのに現在の科学力でもこれを作るのは大変でした。わが社(豊日自動車)の研究室の総力を挙げて作りましたよ。シマさん、あなたは本当に天才だ……これの設計方法をまだ頭に入れているなんて。アメリカ政府の高官も日本の総理は核爆弾も自分で作ることが出来ると噂してましたよ……」

「ハハ、買いかぶりすぎだ。私は政局もコントロールできないバカ総理だ……しかし、時がたつにつれ応援してくれる人も増えてきたような気がする……」

「そうですよ……核兵器のない平和な世の中の実現に、これからもシマさんの力が絶対必要です」

アツシはシマにニコリと微笑んだ。シマも笑みを返す。

「さくらさんもこれを口にくわえて」

携帯用の酸素ボンベをさくらに差し出す。

「特別強化戦闘服甲号、このボディスーツにわたしとさくらさんが入るかな……」

「2人とも細身なんで、ギリいけると思います」

「定員は2名ですが」

「わたしとアツシは若返り、さくらさんは赤ちゃんになる、大丈夫だ……」

「それで、紙おむつと抱っこ紐か! リュックに入れてますよ」

「さくらさん、たぶん赤ちゃんになるんだけど……いいんだな」

「はい、かまいません」

「さあ、時間旅行に行こうか!」

3人はゴーグルを降ろした。

「弘人、予定では明日には帰るからな、後は頼むぞ」

「はい、分かりました。お気をつけて……」

弘人は深々とお辞儀をする。シマとアツシはぼそぼそと会話をする。シマさん、あの秘書全部知っているんですか……ああ、信頼に足る男だ……あいつがいなかったらわたしは総理大臣になれなかった。

もし、この時代に戻って来れなかったら……一人ぐらい知っていなかったら寂しいだろ……寂しいとか、そういう問題ではないような……シマとさくらは一緒に、アツシは単独で特別強化戦闘服甲号に入り込み、TENCHIにまたがる。

「行きますよ」

ビビビドヒューーン甲高い機械音をさせ三人を乗せたTENCHIは消え去った。

「……」

テレビ局の屋上に一人残された家具屋弘人は夜空を見上げ、これから起こることに思いを馳せた。

鹿屋航空基地


広く長い滑走路、ここは神風特別攻撃隊の前線基地・鹿児島県鹿屋航空基地である。終戦までに908名が出撃した。

「いたたた……やっぱり頭痛えな」

シマは呟く。

「時間酔いですね……時間旅行っていいもんではないですね。それにしても、いててて……わたしは初めてなんで少し横にならせてもらいます」

オギャ、オギャとシマの横には大泣きする乳児が寝そべっている、小早川さくらである。

「……くれぐれも、勝手な行動はしないように、終戦の8月15日の夕方に東京の皇居に行ってください。私はそこで待っています。知っていると思いますが、午後0時ちょうどに玉音放送があります。

夕方の時間だと軍部のクーデター派も鎮圧されていますので安全です。また、その途中、ある人物が助けを求めます、その方を助けてください」TENCHIは浮上しながら喋った。「今度は、『助けた亀を捕まえて』じゃなく、誰なんだ」

「……あるアメリカ兵士」

シマの問いにTENCHIは応えた。

「アメリカ兵士! 終戦前に……」

「それでは、必ず8月15日皇居で、少しでも遅れたらあなた達は消滅します……」

「分かった」

ビビビTENCHIはそう言い終わると電子音を上げて空間から消え去った。


「おーーい、こら貴様ら、そこでなにやっている」

遠く滑走路から走ってくる兵士が二人。

「おい、アツシ起きろ」

「まだ、痛いですよ。はっ! あっ、あれは……」

アツシが震える手で指をさす。

「貴様ら……」

「なぜ、ここに」

「こ、これは、黒田技術兵長と丸一等兵! お久しぶりです」

アツシは立ち上がり敬礼する。

「鈴木二等兵よく生きていたな、広島にピカドンが落ちて心配してたんだぞ……」

アツシは16歳の少年兵に戻っていた。黒田と丸は涙ながらにアツシのいがぐり頭をなで、頬を寄せる。

「よく生きていた……よく生きていた……」

「そこにおるのは、貴様、浦じゃないか」

シマは赤ちゃんになったさくらを抱きかかえ、持っていた帯紐で背負った。

「お久しぶりです」

27歳に若返ったシマも敬礼する。

「お前の子か?」

「黒田兵長、そんなわけないですよ……」

ポンとシマが珍しく照れて黒田の肩を叩く。

「じゃ……戦争孤児か?」

「まあ、そんなところです……」

「ううっ、どうして、こんな戦争になったんだろう……」黒田は涙目で呟いた。

神風特別攻撃隊飛ぶ


「広島の次に、長崎にも8月9日にピカドンが落ちてな……それに、この間まで我々がおった『狐の巣』も壊滅か、我々も帰るところもなくなったな……」

「本土決戦もいよいよだ……神風特攻隊も連日出撃している。我々は今不眠不休でゼロ戦の整備、修理を行っている。1機でも多く飛ばさんとな……今、『狐の巣』で培った工学の知識と技能が活きている……」


続けて黒田は現状を喋る。

「それと、日本軍の命令系統もかなり寸断されている……、ちょうどいい、猫の手も借りたいぐらいだ、緊急応援部隊として浦上等兵と鈴木二等兵も手伝ってくれるな……上部の方には俺からすぐに報告する」




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