溺愛女子と言われるようになって分かったこと

溺愛妻はドライ

溺愛妻である人たちは意外とドライ

それは、愛されたいって思ってないから

愛されて当然の世界線で生きている
 

私は愛されていると言う確信

特に嫌な気持ちや
ネガティブな感情の時こそ

愛だとすれば

と、愛ベースで考える力がある

どんどんそれができてくると、相手の言葉や
言動、目先の事象で一喜一憂せず
人に振り回されなくなり
勘違いなくらいに受け取れる

そして嫌な人という概念があまりなくなる

そして、自分が幸せである事が
相手の幸せと思えるようになって来て

一見高飛車でお高く止まってるように見えるけれど
そうはならない

もちろんそれで、高飛車な女、嫌な奴と
受け取る人もいるだろうが
溺愛女子と言われる人たちは
課題の分離もできていて、そうは思わない

聞き合いも得意なので
自分の言いたい事を言えるし、伝える力も
あるなので
自分を尊重して欲しい、だけど相手を尊重しない
って事も起こらない

課題の分離ができて、自分の気持ちに正直だから
自分で自分の幸せを完結できる

とても建設的な人間関係を築いている

パートナーシップにおいて
共依存ではなく

相互依存ができるので
自分もパートナーもとても心地よく
どんどん関係が良くなってくる

愛されたいで自分がいれば
それは共依存になってしまう

自立して相手を愛するので
自分の人生の幸せを相手に委ねない

自立とは、自分を愛し人を頼れる事

これが側から見たら、愛されている
溺愛されているって見えるけど

本人たちは至ってドライ

相手の課題で私は抱え込まない
本音をちゃんと伝える力もあるので
できない事や欲しいをちゃんと言えるので
相手に伝わりやすく、叶えてもらえやすい

だから愛されてると見える

溺愛女子たちは自分から手を伸ばす事
取りに行っている

この人と一生一緒にいる永遠があるとも
ないとも思っていない

今をどう感じ
どうしたいか
目標もあるけど 

今の気持ちを大切に

そして我が子であっても 
親であっても
誰よりも

わたしを1番愛している

全ては私から

不機嫌は迷惑

写真はカラーをして美容師さんがいつも
可愛い🩷って撮ってくれる🥰🩷

ご機嫌にする事大切✨

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